検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 伝承選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 伝承]で12件ヒットしました。 1件目~10件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 «最初 前へ 1/2 次へ 最後» 民話「荒沢不動尊」 資料名:民話「荒沢不動尊」 資料名(よみ):みんわ「あらさわふどうそん」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:荒沢不動尊は東福寺の奥の院の跡と伝わります。本尊の不動明王は雨ざらしのままですが、これは修行中の身であるからといわれており、「屋根かけを嫌うお不動様」として知られています。 民話「おにかげさま」 資料名:民話「おにかげさま」 資料名(よみ):みんわ「おにかげさま」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、秩父に住んでいる武士が、江戸へ向かうため愛馬の鬼鹿毛に乗り、道を急ぎました。大和田宿に差し掛かったところで鬼鹿毛も疲れの色を見せ、宿の端にあった木の根につまずき、倒れてしまいました。しかし、鬼鹿毛はすぐに起き上がり、主人を江戸まで送り届けました。その後、用事を終えた主人が愛馬のところに戻ると、その姿がありませんでした。鬼鹿毛は主人の急用を知り、倒れた後も亡霊となって走り続け、主人を江戸まで送り届けたのでした。 民話「野寺の鐘」 資料名:民話「野寺の鐘」 資料名(よみ):みんわ「のでらのかね」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】古来、満行寺は鐘の名所として有名であり、様々な言い伝えも残ります。寺に火災が遭った時、池に投入して守ろうとした話と、盗賊が鐘を盗もうとしていた所を見つかり、池に捨てて逃げた話があります。いずれも、池の中を探しても鐘は見つからず、いつしかその池を「鐘ヶ淵」と呼ぶようになったともいいます。また、鐘がなくなった際、一人の小僧が「鐘が大津の三井寺にある夢を見た」と言いましたが、重い鐘を遠くまでを運んだとは誰も信じませんでした。また、満行寺の住職が可愛がっていた娘が、誤って池に落ちてしまい亡くなってしまいました。その後、娘の冥福を祈ってこの池を「稚児ケ淵」と呼ぶようになったともいいます。 民話「妙音沢の伝説」 資料名:民話「妙音沢の伝説」 資料名(よみ):みんわ「みょうおんざわのでんせつ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、片山村が12か村に分かれていた頃、鈴木氏の子どもに盲人がいました。小さい頃から琵琶を弾き、盲人組織である当堂座の最高職の検校になりました。また、念仏をよく唱え、法臺寺(ほうだいじ)の観智国師や弁財天を信仰し、20年以上が経ちました。ある夜、夢の中に美人が現れ、「明日、市場坂の下の沢で琵琶の弾き方を伝授する」と言われます。翌日、身を清めて沢に赴き、草むらに座って念仏を唱えていると、いつの間にか眠ってしまいました。すると、不思議な香りがして、岩の上に弁才天が現れ、琵琶を弾いてくれましたが、その音色は人間の及ぶものではなかったのです。弁才天は「お前が長年、観智国師を信仰していたのでここに現れた」と言い、名曲を授けてくれました。夢から覚めると、近くの桜の木に弁才天の絵がかかっており、喜んで持ち帰ったといいます。死後、弁才天の絵は法臺寺に納められます。また、検校が弁才天を見たこの沢は、「妙なる音の沢」として妙音沢と呼ばれるようになりました。 民話「鯉になった少女」 資料名:民話「鯉になった少女」 資料名(よみ):みんわ「こいになったしょうじょ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、新座の中野にひっそりと暮らす父と娘がおりました。少女はいつも小高い丘の上から村の様子を眺めていました。お盆が近づいたある日、いつになく華やかな獅子舞の笛の音に誘われ、初めて村へ行きました。村の様子に見とれていると、恐ろしい顔をした獅子が少女の目の前に現れました。慌てて隠れた少女を見て村の大人たちは笑いました。黙って村に来たので父が怒るだろうなと思うと、家に入ることができませんでした。悲しさのあまり川のほとりを泣きながら歩いていました。すると、水面の月の光がゆれ動き、美しい比丘尼が現れました。少女に手をさしのべ、比丘尼に連れられ水の中に入っていきました。そのあと一匹の大きな金色の鯉が泳いでいたのでした。 民話「おばけ田んぼ」 資料名:民話「おばけ田んぼ」 資料名(よみ):みんわ「おばけたんぼ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】荒沢の不動様のすぐ近く、大入道のおばけが出る田んぼがあります。昔、ゼントウインとヨウフクジという2つの寺があり、仲違いをして、裁判でゼントウインが負けてしまいました。ゼントウインは清瀬の方に、ヨウフクジは東へ移って東福寺になりました。ゼントウインの坊様は悔しくて、一週間も護摩(ごま)を焚き、その灰をゼントウインのあった土地の四隅に振り撒きました。それから、その田んぼには坊様の魂が住みついてしまい、白い蓮華が咲いているそうです。 民話「引導地蔵様」 資料名:民話「引導地蔵様」 資料名(よみ):みんわ「いんどうじぞうさま」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】普光明寺の覚圓(かくえん)和尚が高野山で道に迷った時、夢枕に地蔵尊が立ち、道を教えてくれたおかげで無事に下山することができました。以降、覚圓が出掛けようとすると、「覚圓よ、どこへ行く?」と呼び止められるので、この地蔵像に行き先を告げると、無事に帰って来られるようになったとのことです。 民話「円光院のたぬき」 資料名:民話「円光院のたぬき」 資料名(よみ):みんわ「えんこういんのたぬき」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】円光院にきんえんというお坊様がいました。寺の周囲は雑木林で、たぬきが悪さをするので寺も村も困っていました。ある寒い夜、蓮光寺の小坊主たんねんさんが訪ねてきて、お使いの帰りでお腹がすいたといいます。きんえんさんは怪しみながらも食事を世話すると、たんねんさんは満腹になり寝てしまいました。すると、たんねんさんから尻尾が出てきました。たぬきだとわかったきんえんさんが、囲炉裏で焼けた石を投げ込むと、たぬきは悲鳴を上げて飛び上がり、雑木林に逃げていきました。それ以降、悪さはしなくなったそうです。 大和田通信所 資料名:大和田通信所 資料名(よみ):おおわだつうしんしょ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:聞き取り・証言 解説:昭和11年(1936)に旧日本海軍が外国無線を傍受するために設置した施設で、翌年に「東京通信隊大和田分遣隊」となり、昭和16年(1941)には「大和田通信隊」として独立しました。太平洋戦争中は、真珠湾攻撃の成功を伝える電信や、終戦を告げる「ポツダム宣言」を受信しました。戦後は、新座市と東京都清瀬市にまたがる119.8haの広さが米軍通信基地となりました。また、敷地内には野火止用水の菅沢・北野堀跡が残っています。 民話「こわしみず」 資料名:民話「こわしみず」 資料名(よみ):みんわ「こわしみず」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説: むかし、むかしのお話です。 日本の国は、鎌倉が中心でしたので、鎌倉みちというのが、いろいろな所にありました。 新座市の中にも、今の大和田の普光明寺より西浦を通って清瀬市の下宿に向かう道が鎌倉みちと言われておりました。この道すじには、三本木という普光明寺の墓地もありました。そしてこのあたりは、大和田の宿から見ると畑と野原が一面続いておりました。 この鎌倉みちには、大和田と清瀬市の下宿の境あたりに「こわしみず」と言われた所があります。(正確には、清瀬市かも知れません。今は、武蔵野線が通っています。)そこは、こんもりと樹々が生い茂り、きれいな清水がわきだしている泉がありました。 当時、人々は、この場所を「しみずさま」と呼んでいました。 いつの頃かわかりませんが、大和田の宿の近い所に、「二本杉」という所があり、そこには大きな二本の杉の木が立っていたそうです。その近くに、両親と男の子の三人の親子が住んでいる小さな貧しい農家が一軒、建っておりました。 父親は、お酒が大変好きで、毎晩、お酒を飲まないと気がすまないくらいでした。けれども、家が貧しいため、お酒を買うことができませんでした。お酒がないと、母親と子供に「酒がない、酒を早く買ってこい。」と言っては、大きな声でどなりちらします。 ある日のこと、同じ様に「酒がない。」とわめきちらし、母親を困らせておりました。これを聞いていた子供は、大変親思いでしたので、母親が困りはてているのを見て、とっくりを持って外へとび出しました。けれども、お金がないので、お酒を買うことができません。そこでいろいろと考え歩いているうちに、「しみずさま」の所まで来てしまいました。 そこには、きれいな泉がこんこんとわき出ておりました。子供は、思わずこのきれいな泉の水をとっくりにつめてしまいました。そしてこれを家に持ち帰りました。家に帰った子供は、父親に「おとっつあん、お酒を買って来たよ。」と、そのとっくりを差し出しました。父親は、たいそう喜んでそれをおいしそうに飲み出しました。 すると、どうしたことでしょう。 なんと不思議、不思議、ただの水なのに、父親は、「こんなうまい酒はない。」と言って、喜んでなんばいもなんばいも飲みました。飲むほどに酔いがまわり、とても気持ちよさそうに寝てしまいました。次の日も次の日も同じ様なことが起こりましたが、子供は、「しみずさま」から泉の水をとっくりにくんで来ました。不思議に思った母親が子供の後をつけて行きました。すると「しみずさま」の水をくんでいるではありませんか。母親が、口にふくんでみましたが、母親には、何の変わりもない水でした。ところが、父親が飲むとたちまち、この水が上等のお酒になってしまうのです。もちろん、子供にもただの水なのです。 母親の話がこの村人達に知れわたりましたが、村人達の中には、誰一人として、お酒に変わった人は、おりませんでした。それからは、「親にきき酒、こはしみず。」ということばが、伝えられ、この泉のことを「こわしみず」と呼ばれる様になりました。 働き者のむすこが、親孝行をしたので泉の水が、おいしいお酒に変わったのかも知れません。 «最初 前へ 1/2 次へ 最後» 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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民話「荒沢不動尊」 資料名:民話「荒沢不動尊」 資料名(よみ):みんわ「あらさわふどうそん」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:荒沢不動尊は東福寺の奥の院の跡と伝わります。本尊の不動明王は雨ざらしのままですが、これは修行中の身であるからといわれており、「屋根かけを嫌うお不動様」として知られています。 民話「おにかげさま」 資料名:民話「おにかげさま」 資料名(よみ):みんわ「おにかげさま」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、秩父に住んでいる武士が、江戸へ向かうため愛馬の鬼鹿毛に乗り、道を急ぎました。大和田宿に差し掛かったところで鬼鹿毛も疲れの色を見せ、宿の端にあった木の根につまずき、倒れてしまいました。しかし、鬼鹿毛はすぐに起き上がり、主人を江戸まで送り届けました。その後、用事を終えた主人が愛馬のところに戻ると、その姿がありませんでした。鬼鹿毛は主人の急用を知り、倒れた後も亡霊となって走り続け、主人を江戸まで送り届けたのでした。 民話「野寺の鐘」 資料名:民話「野寺の鐘」 資料名(よみ):みんわ「のでらのかね」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】古来、満行寺は鐘の名所として有名であり、様々な言い伝えも残ります。寺に火災が遭った時、池に投入して守ろうとした話と、盗賊が鐘を盗もうとしていた所を見つかり、池に捨てて逃げた話があります。いずれも、池の中を探しても鐘は見つからず、いつしかその池を「鐘ヶ淵」と呼ぶようになったともいいます。また、鐘がなくなった際、一人の小僧が「鐘が大津の三井寺にある夢を見た」と言いましたが、重い鐘を遠くまでを運んだとは誰も信じませんでした。また、満行寺の住職が可愛がっていた娘が、誤って池に落ちてしまい亡くなってしまいました。その後、娘の冥福を祈ってこの池を「稚児ケ淵」と呼ぶようになったともいいます。 民話「妙音沢の伝説」 資料名:民話「妙音沢の伝説」 資料名(よみ):みんわ「みょうおんざわのでんせつ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、片山村が12か村に分かれていた頃、鈴木氏の子どもに盲人がいました。小さい頃から琵琶を弾き、盲人組織である当堂座の最高職の検校になりました。また、念仏をよく唱え、法臺寺(ほうだいじ)の観智国師や弁財天を信仰し、20年以上が経ちました。ある夜、夢の中に美人が現れ、「明日、市場坂の下の沢で琵琶の弾き方を伝授する」と言われます。翌日、身を清めて沢に赴き、草むらに座って念仏を唱えていると、いつの間にか眠ってしまいました。すると、不思議な香りがして、岩の上に弁才天が現れ、琵琶を弾いてくれましたが、その音色は人間の及ぶものではなかったのです。弁才天は「お前が長年、観智国師を信仰していたのでここに現れた」と言い、名曲を授けてくれました。夢から覚めると、近くの桜の木に弁才天の絵がかかっており、喜んで持ち帰ったといいます。死後、弁才天の絵は法臺寺に納められます。また、検校が弁才天を見たこの沢は、「妙なる音の沢」として妙音沢と呼ばれるようになりました。 民話「鯉になった少女」 資料名:民話「鯉になった少女」 資料名(よみ):みんわ「こいになったしょうじょ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】昔、新座の中野にひっそりと暮らす父と娘がおりました。少女はいつも小高い丘の上から村の様子を眺めていました。お盆が近づいたある日、いつになく華やかな獅子舞の笛の音に誘われ、初めて村へ行きました。村の様子に見とれていると、恐ろしい顔をした獅子が少女の目の前に現れました。慌てて隠れた少女を見て村の大人たちは笑いました。黙って村に来たので父が怒るだろうなと思うと、家に入ることができませんでした。悲しさのあまり川のほとりを泣きながら歩いていました。すると、水面の月の光がゆれ動き、美しい比丘尼が現れました。少女に手をさしのべ、比丘尼に連れられ水の中に入っていきました。そのあと一匹の大きな金色の鯉が泳いでいたのでした。 民話「おばけ田んぼ」 資料名:民話「おばけ田んぼ」 資料名(よみ):みんわ「おばけたんぼ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】荒沢の不動様のすぐ近く、大入道のおばけが出る田んぼがあります。昔、ゼントウインとヨウフクジという2つの寺があり、仲違いをして、裁判でゼントウインが負けてしまいました。ゼントウインは清瀬の方に、ヨウフクジは東へ移って東福寺になりました。ゼントウインの坊様は悔しくて、一週間も護摩(ごま)を焚き、その灰をゼントウインのあった土地の四隅に振り撒きました。それから、その田んぼには坊様の魂が住みついてしまい、白い蓮華が咲いているそうです。 民話「引導地蔵様」 資料名:民話「引導地蔵様」 資料名(よみ):みんわ「いんどうじぞうさま」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】普光明寺の覚圓(かくえん)和尚が高野山で道に迷った時、夢枕に地蔵尊が立ち、道を教えてくれたおかげで無事に下山することができました。以降、覚圓が出掛けようとすると、「覚圓よ、どこへ行く?」と呼び止められるので、この地蔵像に行き先を告げると、無事に帰って来られるようになったとのことです。 民話「円光院のたぬき」 資料名:民話「円光院のたぬき」 資料名(よみ):みんわ「えんこういんのたぬき」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説:【抄録】円光院にきんえんというお坊様がいました。寺の周囲は雑木林で、たぬきが悪さをするので寺も村も困っていました。ある寒い夜、蓮光寺の小坊主たんねんさんが訪ねてきて、お使いの帰りでお腹がすいたといいます。きんえんさんは怪しみながらも食事を世話すると、たんねんさんは満腹になり寝てしまいました。すると、たんねんさんから尻尾が出てきました。たぬきだとわかったきんえんさんが、囲炉裏で焼けた石を投げ込むと、たぬきは悲鳴を上げて飛び上がり、雑木林に逃げていきました。それ以降、悪さはしなくなったそうです。 大和田通信所 資料名:大和田通信所 資料名(よみ):おおわだつうしんしょ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:聞き取り・証言 解説:昭和11年(1936)に旧日本海軍が外国無線を傍受するために設置した施設で、翌年に「東京通信隊大和田分遣隊」となり、昭和16年(1941)には「大和田通信隊」として独立しました。太平洋戦争中は、真珠湾攻撃の成功を伝える電信や、終戦を告げる「ポツダム宣言」を受信しました。戦後は、新座市と東京都清瀬市にまたがる119.8haの広さが米軍通信基地となりました。また、敷地内には野火止用水の菅沢・北野堀跡が残っています。 民話「こわしみず」 資料名:民話「こわしみず」 資料名(よみ):みんわ「こわしみず」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:伝承 小分類:民話・昔話 解説: むかし、むかしのお話です。 日本の国は、鎌倉が中心でしたので、鎌倉みちというのが、いろいろな所にありました。 新座市の中にも、今の大和田の普光明寺より西浦を通って清瀬市の下宿に向かう道が鎌倉みちと言われておりました。この道すじには、三本木という普光明寺の墓地もありました。そしてこのあたりは、大和田の宿から見ると畑と野原が一面続いておりました。 この鎌倉みちには、大和田と清瀬市の下宿の境あたりに「こわしみず」と言われた所があります。(正確には、清瀬市かも知れません。今は、武蔵野線が通っています。)そこは、こんもりと樹々が生い茂り、きれいな清水がわきだしている泉がありました。 当時、人々は、この場所を「しみずさま」と呼んでいました。 いつの頃かわかりませんが、大和田の宿の近い所に、「二本杉」という所があり、そこには大きな二本の杉の木が立っていたそうです。その近くに、両親と男の子の三人の親子が住んでいる小さな貧しい農家が一軒、建っておりました。 父親は、お酒が大変好きで、毎晩、お酒を飲まないと気がすまないくらいでした。けれども、家が貧しいため、お酒を買うことができませんでした。お酒がないと、母親と子供に「酒がない、酒を早く買ってこい。」と言っては、大きな声でどなりちらします。 ある日のこと、同じ様に「酒がない。」とわめきちらし、母親を困らせておりました。これを聞いていた子供は、大変親思いでしたので、母親が困りはてているのを見て、とっくりを持って外へとび出しました。けれども、お金がないので、お酒を買うことができません。そこでいろいろと考え歩いているうちに、「しみずさま」の所まで来てしまいました。 そこには、きれいな泉がこんこんとわき出ておりました。子供は、思わずこのきれいな泉の水をとっくりにつめてしまいました。そしてこれを家に持ち帰りました。家に帰った子供は、父親に「おとっつあん、お酒を買って来たよ。」と、そのとっくりを差し出しました。父親は、たいそう喜んでそれをおいしそうに飲み出しました。 すると、どうしたことでしょう。 なんと不思議、不思議、ただの水なのに、父親は、「こんなうまい酒はない。」と言って、喜んでなんばいもなんばいも飲みました。飲むほどに酔いがまわり、とても気持ちよさそうに寝てしまいました。次の日も次の日も同じ様なことが起こりましたが、子供は、「しみずさま」から泉の水をとっくりにくんで来ました。不思議に思った母親が子供の後をつけて行きました。すると「しみずさま」の水をくんでいるではありませんか。母親が、口にふくんでみましたが、母親には、何の変わりもない水でした。ところが、父親が飲むとたちまち、この水が上等のお酒になってしまうのです。もちろん、子供にもただの水なのです。 母親の話がこの村人達に知れわたりましたが、村人達の中には、誰一人として、お酒に変わった人は、おりませんでした。それからは、「親にきき酒、こはしみず。」ということばが、伝えられ、この泉のことを「こわしみず」と呼ばれる様になりました。 働き者のむすこが、親孝行をしたので泉の水が、おいしいお酒に変わったのかも知れません。 «最初 前へ 1/2 次へ 最後»