検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 名所 > 神社選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 名所 > 神社]で9件ヒットしました。 1件目~9件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 大和田氷川神社 資料名:大和田氷川神社 資料名(よみ):おおわだひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:社伝によると、延暦21年(802)の創建と伝わる大和田一帯の鎮守です。祭神は素戔嗚尊で、武蔵国の一宮である大宮の氷川神社から招霊されたと言われています。本殿は江戸時代の享和年間(1801-1804)に再建されたものですが、一間四方の入母屋造りで正面に千鳥破風と唐破風の向拝を付けています。本殿周囲の壁面には見事な素木の彫刻が彫られ、作者は江戸の名工・嶋村源蔵で「鞍馬山の天狗と牛若丸」「養老の滝の伝説」「神功皇后と武内宿禰」の三題が、風格ある江戸彫りの刀法によって透かし彫りにされています。毎年7月末の夏祭りでは、はだか神輿が担ぎ出され、大和田囃子とともに町を練り歩きます。 野火止氷川神社 資料名:野火止氷川神社 資料名(よみ):のびとめひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野火止氷川神社は野火止村下分の総鎮守です。祭神は素戔嗚尊で、創建は野火止新田が開拓された承応年間(1653年頃)と言われています。現在の本殿は明治時代に氏子である約50世帯が、平林寺の弁天堂を現在の場所に移転し、お祀りしたという記録が残ります。また、境内には祭事で使われた「力石」や「山積講」の石碑も見られ、祭礼では武州里神楽も奉納されます。 若宮八幡神社 資料名:若宮八幡神社 資料名(よみ):わかみやはちまんじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:若宮八幡神社は菅沢の氏神で、誉田別之命を祭神として祀っています。正平9年(1354)、愛宕裏に愛宕神社が創建され、延宝元年(1673)に武蔵国池上領から移転された神社と合祀し、現在の場所に祀ったと伝えられています。境内には、江戸時代の若者達が力比べに用いた「力石」や、明治6年(1873)に出された断髪令を受けて髷(まげ)を落とした40名の村人の奉納額、昭和24年(1949)に新座で最初の水道が布設されたことの記念碑などが見られます。 神明神社 資料名:神明神社 資料名(よみ):しんめいじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:神明神社は野火止上分の総鎮守で、祭神は天照大神と倉稲塊命です。昭和初期には神社の横を流れる野火止用水で、旱ばつ時の雨乞いが行われたり、重病人が出たときには病気平癒のための祈願の百度参りをしている人の姿を見かけていたと言われています。 馬場氷川神社 資料名:馬場氷川神社 資料名(よみ):ばばひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:馬場氷川神社は天明元年(1781)の創建と伝わり、祭神は素盞嗚尊で、下片山・馬場・畑中・池田・辻・堀ノ内地区の総鎮守として崇められています。社殿の左脇に安置してある大杉の切株は樹齢700年の「御神木」の名残で歴史と信仰の重みを感じさせてくれます。現在は見られませんが、斜面の脇に立地していることから、湧水点のそばに社が鎮座したと考えられ、市史には「水源地として市に土地を貸している」という記述もあります。 武野神社 資料名:武野神社 資料名(よみ):たけしのじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野寺にある武野神社は、古くから「北向きの八幡社」として近隣の人々から崇敬されてきました。創建年代は不明ですが、満行寺の縁起によると、源義家が奥州合戦にあたり、戦勝を祈願して北向に再造したものといわれています。明治時代末、それまでこの地に祀られていた八幡神社に、栗原の氏神であった浅間神社と石神の氏神であった氷川神社を合祀され、武野神社となりました。境内の崖下からは今も湧水が流れています。 熊野神社 資料名:熊野神社 資料名(よみ):くまのじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:古くは中野の鎮守で、現在の西武台高校の付近から、明治時代に大和田の氷川神社に移されました。京都の熊野神社からの分社といわれ、8月末の祭礼には獅子舞が奉納されていました(休止中)。 八雲神社(天王様) 資料名:八雲神社(天王様) 資料名(よみ):やくもじんじゃ(てんのうさま) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野火止村は、上・中・下の3つに分かれていましたが、野火止の上と中との間にあたる中堀に祀られています。この八雲神社は、地元では「(牛頭)天王様」とも呼ばれており、夏の疫病を防ぐため、野火止全体で祀っています。維持管理は上・中・下の月番があり、昭和40年(1965)頃までは、子ども神輿なども出ていました。7月14日がヨミヤ(宵宮)、15日が例大祭でした。 山積講 資料名:山積講 資料名(よみ):やまづみこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:「やまづみ」は「山ツ神」のことであり、林業に従事する人々の神様として祀られました。山積講の石碑は大山積命を祭神とし、伐採の仕事で怪我をしないようにと祀ったものですが、もとは陣屋にあったものを明治6年(1873)に氷川神社境内へと移したといいます。近代の野火止の一帯は平林寺大門を境にして左右に70町ずつの杉林があり、伐採の仕事が盛んで、志木の河岸から新河岸川と荒川舟運で深川の方へ出していたそうです。山積講では、毎年12月3日の山入りの前日、2日の午後3時頃から山積講の石碑を掃除したり、注連縄を張り替えたりして、夜には世話人が集まってヨミヤと称して一杯飲んで、山仕事の安全を願いました。 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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大和田氷川神社 資料名:大和田氷川神社 資料名(よみ):おおわだひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:社伝によると、延暦21年(802)の創建と伝わる大和田一帯の鎮守です。祭神は素戔嗚尊で、武蔵国の一宮である大宮の氷川神社から招霊されたと言われています。本殿は江戸時代の享和年間(1801-1804)に再建されたものですが、一間四方の入母屋造りで正面に千鳥破風と唐破風の向拝を付けています。本殿周囲の壁面には見事な素木の彫刻が彫られ、作者は江戸の名工・嶋村源蔵で「鞍馬山の天狗と牛若丸」「養老の滝の伝説」「神功皇后と武内宿禰」の三題が、風格ある江戸彫りの刀法によって透かし彫りにされています。毎年7月末の夏祭りでは、はだか神輿が担ぎ出され、大和田囃子とともに町を練り歩きます。 野火止氷川神社 資料名:野火止氷川神社 資料名(よみ):のびとめひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野火止氷川神社は野火止村下分の総鎮守です。祭神は素戔嗚尊で、創建は野火止新田が開拓された承応年間(1653年頃)と言われています。現在の本殿は明治時代に氏子である約50世帯が、平林寺の弁天堂を現在の場所に移転し、お祀りしたという記録が残ります。また、境内には祭事で使われた「力石」や「山積講」の石碑も見られ、祭礼では武州里神楽も奉納されます。 若宮八幡神社 資料名:若宮八幡神社 資料名(よみ):わかみやはちまんじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:若宮八幡神社は菅沢の氏神で、誉田別之命を祭神として祀っています。正平9年(1354)、愛宕裏に愛宕神社が創建され、延宝元年(1673)に武蔵国池上領から移転された神社と合祀し、現在の場所に祀ったと伝えられています。境内には、江戸時代の若者達が力比べに用いた「力石」や、明治6年(1873)に出された断髪令を受けて髷(まげ)を落とした40名の村人の奉納額、昭和24年(1949)に新座で最初の水道が布設されたことの記念碑などが見られます。 神明神社 資料名:神明神社 資料名(よみ):しんめいじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:神明神社は野火止上分の総鎮守で、祭神は天照大神と倉稲塊命です。昭和初期には神社の横を流れる野火止用水で、旱ばつ時の雨乞いが行われたり、重病人が出たときには病気平癒のための祈願の百度参りをしている人の姿を見かけていたと言われています。 馬場氷川神社 資料名:馬場氷川神社 資料名(よみ):ばばひかわじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:馬場氷川神社は天明元年(1781)の創建と伝わり、祭神は素盞嗚尊で、下片山・馬場・畑中・池田・辻・堀ノ内地区の総鎮守として崇められています。社殿の左脇に安置してある大杉の切株は樹齢700年の「御神木」の名残で歴史と信仰の重みを感じさせてくれます。現在は見られませんが、斜面の脇に立地していることから、湧水点のそばに社が鎮座したと考えられ、市史には「水源地として市に土地を貸している」という記述もあります。 武野神社 資料名:武野神社 資料名(よみ):たけしのじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野寺にある武野神社は、古くから「北向きの八幡社」として近隣の人々から崇敬されてきました。創建年代は不明ですが、満行寺の縁起によると、源義家が奥州合戦にあたり、戦勝を祈願して北向に再造したものといわれています。明治時代末、それまでこの地に祀られていた八幡神社に、栗原の氏神であった浅間神社と石神の氏神であった氷川神社を合祀され、武野神社となりました。境内の崖下からは今も湧水が流れています。 熊野神社 資料名:熊野神社 資料名(よみ):くまのじんじゃ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:古くは中野の鎮守で、現在の西武台高校の付近から、明治時代に大和田の氷川神社に移されました。京都の熊野神社からの分社といわれ、8月末の祭礼には獅子舞が奉納されていました(休止中)。 八雲神社(天王様) 資料名:八雲神社(天王様) 資料名(よみ):やくもじんじゃ(てんのうさま) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:野火止村は、上・中・下の3つに分かれていましたが、野火止の上と中との間にあたる中堀に祀られています。この八雲神社は、地元では「(牛頭)天王様」とも呼ばれており、夏の疫病を防ぐため、野火止全体で祀っています。維持管理は上・中・下の月番があり、昭和40年(1965)頃までは、子ども神輿なども出ていました。7月14日がヨミヤ(宵宮)、15日が例大祭でした。 山積講 資料名:山積講 資料名(よみ):やまづみこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:神社 解説:「やまづみ」は「山ツ神」のことであり、林業に従事する人々の神様として祀られました。山積講の石碑は大山積命を祭神とし、伐採の仕事で怪我をしないようにと祀ったものですが、もとは陣屋にあったものを明治6年(1873)に氷川神社境内へと移したといいます。近代の野火止の一帯は平林寺大門を境にして左右に70町ずつの杉林があり、伐採の仕事が盛んで、志木の河岸から新河岸川と荒川舟運で深川の方へ出していたそうです。山積講では、毎年12月3日の山入りの前日、2日の午後3時頃から山積講の石碑を掃除したり、注連縄を張り替えたりして、夜には世話人が集まってヨミヤと称して一杯飲んで、山仕事の安全を願いました。