ジョン・マーティン

作者名欧文John MARTIN
生没年1789 - 1854

略歴・解説

イギリスの油彩画家。殉教者を祖先に持つ敬虔なプロテスタントの母と、情熱的な父親との間に生まれる。広大なパノラマを持つなだらかな谷間で幼少時を過ごし、荒れ狂う自然や城の廃墟などをつぶさに見た経験を持つ。これが後の画風の基礎になったと言われる。17歳の時ロンドンに出て、故郷の風景を描いた素描などで糧を得る。陶器の絵付け職人を経て、20歳の時画家に専念、翌年《忘却の水を捜し求めるサダク》(1821年)がアカデミーで好評を博寸。その後、《バビロンの陥落》(1819年)、《ベルシャザルの饗宴》(1821年)などで、大人気を得る。が、1837年頃から、版画の出版事業の失敗や、ヨーク大聖堂に放火した兄ジョナサンの弁護費用負担などから、経済的な苦境に陥る。1848年にはロンドンの自宅や工房を売却、テムズ河畔のリンジイ・ハウスに転居。最晩年、審判三部作と呼ばれる《最後の審判》《神の大いなる怒りの日》《天国の平原》を描き上げ、死去。

2005年『誘惑の光景―19世紀のロマン主義版画・ドラクロワ、ジョン・マーティンなど―』、p. 15

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