検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 名所 > 名勝・景観選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 名所 > 名勝・景観]で9件ヒットしました。 1件目~9件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 「平林寺大門」 資料名:「平林寺大門」 資料名(よみ):「へいりんじだいもん」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説: 天保7年(1836)の『江戸名所図会』「平林寺大門」には、川越街道に設けられた平林寺参道の入口の様子が描かれています。画面下側の街道沿いに野火止用水が流れ、右側に建つ石塔には「金鳳山平林禅寺」と彫られており、現在も「野火止大門」交差点には石塔が建っています。 大和屋 資料名:大和屋 資料名(よみ):やまとや 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:旧川越街道のうち、柳瀬川には橋が架かっておらず、徒歩で渡っていました。そのため、大雨等で川が増水すると渡れなくなり、宿場が発展します。これが大和田宿で、その名残を残すのが旅籠・大和屋です。 中野富士 資料名:中野富士 資料名(よみ):なかのふじ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:中野の地には、山岳信仰の一つである「富士山信仰」のために築かれた「新座七富士」の一つ「中野富士」が存在しました。浅海吉右衛門を講祖とする冨士講・丸吉講によって築かれたもので、道路拡幅等によって、富士塚は現存しませんが、「富士登山大願成就」という銘のある石碑が移設されています。 昭和10年の野火止村 資料名:昭和10年の野火止村 資料名(よみ):しょうわ10ねんののびとめむら 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:江戸時代前期の新田開発で誕生した野火止村は、短冊形の地割が敷かれ、各家が細長い畑と雑木林を持っていました。その土地利用が、昭和10年(1935)においても継承されていることがわかる資料です。また、春と秋の農作物が記録されており、当時の農家の営業戦略も見えてきます。 出典:青鹿四郎1935『農業経済地理』叢文閣をトレース・加筆。 「平林寺」 資料名:「平林寺」 資料名(よみ):「へいりんじ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:天保7年(1836)の『江戸名所図会』「平林寺」には、境内の伽藍配置が描かれ、焼失前の本堂の姿や現在とは異なる塔頭、境内林の様子等を知ることができます。また、野火止用水の流路も描かれており、画面下側の道路(現・平林寺大門通り)沿いを流れる用水には、左右に土あげ敷があって、定期的に浚せつ(川さらい)をしていた様子が読み取れます。 原ヶ谷戸村絵図 資料名:原ヶ谷戸村絵図 資料名(よみ):はらがやとむらえず 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:江戸時代の片山10か村の一つで、原ヶ谷戸村の様子が描かれた10枚の絵図からなります。田畑や水路など、当時の土地利用を伝える貴重な資料です。 普光明寺山門 資料名:普光明寺山門 資料名(よみ):ふこうみょうじさんもん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:普光明寺の山門は、享保年間の建立と言われ、江戸時代の地誌である『新編武蔵国風土記稿』には「その作り工にしてことに高し」と紹介されています。中央に掲げられた扁額『福壽山』は江戸の書家、佐々木玄龍の筆によるものです。形式は棟門と高麗門を組合わせ、全体として薬医門とする設計意図が伺えます。正面欄間の透彫、冠木形両端上部の彫物、唐破風の兎毛通し、木鼻、虹梁などの彫物や絵様繰形を多様して、山門に華麗さを加えるとともに、その時代的特徴や当地方の彫刻技術の高さを示しています。平成12年(2000)3月17日、市有形文化財に指定。 柳瀬荘 資料名:柳瀬荘 資料名(よみ):やなせそう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:「電力の鬼」と呼ばれた実業家で、近代三茶人の一人である松永安左ヱ門(耳庵)の別荘です。柳窪(東久留米市)の村野家住宅を昭和5年(1930)に移築した古民家・黄林閣を中心に、斜月亭・久木庵等が付属します。昭和23年(1948)に建物と茶道具が東京国立博物館に寄贈され、現在に至ります。昭和53年(1978)5月31日、国重要文化財(建造物)に指定。 速水御舟『丘』 資料名:速水御舟『丘』 資料名(よみ):はやみぎょしゅう『おか』 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:大正12年(1923)制作。同年に発生した関東大震災から避難し、平林寺に身を寄せていた速水御舟が、冬の雑木林の伐採を描きました。写実性の高い作品であるため、薪炭林として利用されていた往時の雑木林の管理を伝える資料としても重要です。 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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「平林寺大門」 資料名:「平林寺大門」 資料名(よみ):「へいりんじだいもん」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説: 天保7年(1836)の『江戸名所図会』「平林寺大門」には、川越街道に設けられた平林寺参道の入口の様子が描かれています。画面下側の街道沿いに野火止用水が流れ、右側に建つ石塔には「金鳳山平林禅寺」と彫られており、現在も「野火止大門」交差点には石塔が建っています。 大和屋 資料名:大和屋 資料名(よみ):やまとや 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:旧川越街道のうち、柳瀬川には橋が架かっておらず、徒歩で渡っていました。そのため、大雨等で川が増水すると渡れなくなり、宿場が発展します。これが大和田宿で、その名残を残すのが旅籠・大和屋です。 中野富士 資料名:中野富士 資料名(よみ):なかのふじ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:中野の地には、山岳信仰の一つである「富士山信仰」のために築かれた「新座七富士」の一つ「中野富士」が存在しました。浅海吉右衛門を講祖とする冨士講・丸吉講によって築かれたもので、道路拡幅等によって、富士塚は現存しませんが、「富士登山大願成就」という銘のある石碑が移設されています。 昭和10年の野火止村 資料名:昭和10年の野火止村 資料名(よみ):しょうわ10ねんののびとめむら 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:江戸時代前期の新田開発で誕生した野火止村は、短冊形の地割が敷かれ、各家が細長い畑と雑木林を持っていました。その土地利用が、昭和10年(1935)においても継承されていることがわかる資料です。また、春と秋の農作物が記録されており、当時の農家の営業戦略も見えてきます。 出典:青鹿四郎1935『農業経済地理』叢文閣をトレース・加筆。 「平林寺」 資料名:「平林寺」 資料名(よみ):「へいりんじ」 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:天保7年(1836)の『江戸名所図会』「平林寺」には、境内の伽藍配置が描かれ、焼失前の本堂の姿や現在とは異なる塔頭、境内林の様子等を知ることができます。また、野火止用水の流路も描かれており、画面下側の道路(現・平林寺大門通り)沿いを流れる用水には、左右に土あげ敷があって、定期的に浚せつ(川さらい)をしていた様子が読み取れます。 原ヶ谷戸村絵図 資料名:原ヶ谷戸村絵図 資料名(よみ):はらがやとむらえず 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:江戸時代の片山10か村の一つで、原ヶ谷戸村の様子が描かれた10枚の絵図からなります。田畑や水路など、当時の土地利用を伝える貴重な資料です。 普光明寺山門 資料名:普光明寺山門 資料名(よみ):ふこうみょうじさんもん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:普光明寺の山門は、享保年間の建立と言われ、江戸時代の地誌である『新編武蔵国風土記稿』には「その作り工にしてことに高し」と紹介されています。中央に掲げられた扁額『福壽山』は江戸の書家、佐々木玄龍の筆によるものです。形式は棟門と高麗門を組合わせ、全体として薬医門とする設計意図が伺えます。正面欄間の透彫、冠木形両端上部の彫物、唐破風の兎毛通し、木鼻、虹梁などの彫物や絵様繰形を多様して、山門に華麗さを加えるとともに、その時代的特徴や当地方の彫刻技術の高さを示しています。平成12年(2000)3月17日、市有形文化財に指定。 柳瀬荘 資料名:柳瀬荘 資料名(よみ):やなせそう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:「電力の鬼」と呼ばれた実業家で、近代三茶人の一人である松永安左ヱ門(耳庵)の別荘です。柳窪(東久留米市)の村野家住宅を昭和5年(1930)に移築した古民家・黄林閣を中心に、斜月亭・久木庵等が付属します。昭和23年(1948)に建物と茶道具が東京国立博物館に寄贈され、現在に至ります。昭和53年(1978)5月31日、国重要文化財(建造物)に指定。 速水御舟『丘』 資料名:速水御舟『丘』 資料名(よみ):はやみぎょしゅう『おか』 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:名所 小分類:名勝・景観 解説:大正12年(1923)制作。同年に発生した関東大震災から避難し、平林寺に身を寄せていた速水御舟が、冬の雑木林の伐採を描きました。写実性の高い作品であるため、薪炭林として利用されていた往時の雑木林の管理を伝える資料としても重要です。