検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 旧跡 > 湧水・水路(跡)選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 旧跡 > 湧水・水路(跡)]で11件ヒットしました。 1件目~10件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 «最初 前へ 1/2 次へ 最後» お滝 資料名:お滝 資料名(よみ):おたき 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:中野の田畑を潤してきた水源地の一つで、中野川にそそぎます。清水の湧き出る水辺には不動明王や倶利伽羅龍王などの石仏が水神さまとして祀られています。「男瀧」とも書かれます。 柳瀬川 資料名:柳瀬川 資料名(よみ):やなせがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:新座市の北西部を流れる柳瀬川は、狭山丘陵内の狭山湖地下に水源を持ち、空堀川や東川などと合流しながら、志木市で新河岸川に注ぐ全長約20km・流域面積約78㎢の一級河川で、荒川水系の新河岸川の支流です。柳瀬川の低地に形成された大和田は、古くから居住の場のみならず、宿場や交通の要所として栄えました。江戸時代になると、大和田は江戸と川越を結ぶ道筋にあることから人の往来も多くなりました。柳瀬川は川幅が約10mありましたが、橋は架かっていなかったため、増水すると渡れないことがありました。人々は留まることを余儀なくされたため、大和田宿が発展することにつながりました。 中野川 資料名:中野川 資料名(よみ):なかのがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:柳瀬川の左岸で所沢市に水源を持ち、お滝や西武台(熊野権現跡)の湧水を集めながら、柳瀬川にそそぎます。水量は多くありませんが、中野地区の灌漑用水として利用されました。 中沢川 資料名:中沢川 資料名(よみ):なかざわがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:江戸時代後期、『新編武蔵風土記』には黒目川沿いに7か所の湧水があったと伝えられています。しかし、畑地が減少したこともあり、現在でも湧水が見られる場所はわずかで、武野神社の下と野寺親水公園の中にある湧水が集まって川となったのが中沢川です。水量は少ないため、黒目川から取水した中沢用水と合流して灌漑用水とされ、妙音沢の近くで黒目川にそそぎます。 妙音沢 資料名:妙音沢 資料名(よみ):みょうおんざわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:「平成の名水百選」にも選ばれた湧水であり、妙音沢特別緑地保全地区にもなっています。大沢と小沢の2か所があり、豊富な水量を持つ湧水は市内でも妙音沢くらいになってしまいました。「澤」という字名もあります。妙音沢には弁才天にまつわる伝説があります。弁財天は河川や水の神であり、琵琶を弾く音楽の神でもあるため、水信仰が先にあり、そこに琵琶と盲人を結びつけた伝説が生まれたと考えられます。 西武台の湧水 資料名:西武台の湧水 資料名(よみ):せいぶだいのゆうすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:柳瀬川左岸にあり、中野川にそそぐ湧水です。この水を利用して、斜面の上に熊野権現社があったと伝わります。 大堰と田中用水 資料名:大堰と田中用水 資料名(よみ):おおぜきとたなかようすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:名称は字名「田中」から来ています。利用農家は51世帯で、田面積は9町7反8畝、平均反収は5俵でした。番水制を採っており、夏の渇水時に少々水量が不足した年には、大堰から取水していました。昭和30年(1955)代頃から、近隣や上流に個人住宅や住宅団地の造成、市内の養豚農家からの汚水流入、黒目川の河川改修等の結果、水位が著しく下がり、取水が困難になっていました。また、昭和40年(1965)頃、東久留米団地の排水が流れ込むようになり、用水も使われなくなります。このため、黒目川沿いでは昭和40年頃に水稲栽培が行なわれなくなりました。 中沢用水 資料名:中沢用水 資料名(よみ):なかざわようすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:武野神社下の湧水を主な水源とし、それに各所の湧水を合わせて流れ、馬場の市場坂の下で黒目川に合流する中沢川があり、この地域の水田開発に重要な役割を果たしました。しかし、湧水のみに依存した水田は、しばしば水不足を引き起こしたため、黒目川から水を取り入れるために用水路が掘られます。元々は湧水による自然の小川でしたが、次第に用水路と認識されるようになり、中沢用水と呼ばれるようになりました。現在は市内で水田は営まれておらず、中沢用水はわずかに痕跡を見ることができる程度です。用水路として利用されていた頃は、堰普請といって、地域の人々が協力して用水路を管理していました。また、水の争いを防ぐために、世話人や水番といった役職も置かれていました。 野寺親水公園の湧水 資料名:野寺親水公園の湧水 資料名(よみ):のでらしんすいこうえんのゆうすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:黒目川右岸に形成された河岸段丘の斜面から湧出する湧水の一つです。斜面地は居住や耕作に向かないため、雑木林として利用され、現在は雑木林と湧水のある公園として整備されています。 弁天堂(湧水) 資料名:弁天堂(湧水) 資料名(よみ):べんとてんどう(ゆうすい) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:栗原小学校のある場所は、黒目側右岸の河岸段丘の低位面に位置し、窪地状になっています。現在の校庭には湧水があり、弁天様が祀られていたと伝わります。 «最初 前へ 1/2 次へ 最後» 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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お滝 資料名:お滝 資料名(よみ):おたき 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:中野の田畑を潤してきた水源地の一つで、中野川にそそぎます。清水の湧き出る水辺には不動明王や倶利伽羅龍王などの石仏が水神さまとして祀られています。「男瀧」とも書かれます。 柳瀬川 資料名:柳瀬川 資料名(よみ):やなせがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:新座市の北西部を流れる柳瀬川は、狭山丘陵内の狭山湖地下に水源を持ち、空堀川や東川などと合流しながら、志木市で新河岸川に注ぐ全長約20km・流域面積約78㎢の一級河川で、荒川水系の新河岸川の支流です。柳瀬川の低地に形成された大和田は、古くから居住の場のみならず、宿場や交通の要所として栄えました。江戸時代になると、大和田は江戸と川越を結ぶ道筋にあることから人の往来も多くなりました。柳瀬川は川幅が約10mありましたが、橋は架かっていなかったため、増水すると渡れないことがありました。人々は留まることを余儀なくされたため、大和田宿が発展することにつながりました。 中野川 資料名:中野川 資料名(よみ):なかのがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:柳瀬川の左岸で所沢市に水源を持ち、お滝や西武台(熊野権現跡)の湧水を集めながら、柳瀬川にそそぎます。水量は多くありませんが、中野地区の灌漑用水として利用されました。 中沢川 資料名:中沢川 資料名(よみ):なかざわがわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:江戸時代後期、『新編武蔵風土記』には黒目川沿いに7か所の湧水があったと伝えられています。しかし、畑地が減少したこともあり、現在でも湧水が見られる場所はわずかで、武野神社の下と野寺親水公園の中にある湧水が集まって川となったのが中沢川です。水量は少ないため、黒目川から取水した中沢用水と合流して灌漑用水とされ、妙音沢の近くで黒目川にそそぎます。 妙音沢 資料名:妙音沢 資料名(よみ):みょうおんざわ 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:「平成の名水百選」にも選ばれた湧水であり、妙音沢特別緑地保全地区にもなっています。大沢と小沢の2か所があり、豊富な水量を持つ湧水は市内でも妙音沢くらいになってしまいました。「澤」という字名もあります。妙音沢には弁才天にまつわる伝説があります。弁財天は河川や水の神であり、琵琶を弾く音楽の神でもあるため、水信仰が先にあり、そこに琵琶と盲人を結びつけた伝説が生まれたと考えられます。 西武台の湧水 資料名:西武台の湧水 資料名(よみ):せいぶだいのゆうすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:柳瀬川左岸にあり、中野川にそそぐ湧水です。この水を利用して、斜面の上に熊野権現社があったと伝わります。 大堰と田中用水 資料名:大堰と田中用水 資料名(よみ):おおぜきとたなかようすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:名称は字名「田中」から来ています。利用農家は51世帯で、田面積は9町7反8畝、平均反収は5俵でした。番水制を採っており、夏の渇水時に少々水量が不足した年には、大堰から取水していました。昭和30年(1955)代頃から、近隣や上流に個人住宅や住宅団地の造成、市内の養豚農家からの汚水流入、黒目川の河川改修等の結果、水位が著しく下がり、取水が困難になっていました。また、昭和40年(1965)頃、東久留米団地の排水が流れ込むようになり、用水も使われなくなります。このため、黒目川沿いでは昭和40年頃に水稲栽培が行なわれなくなりました。 中沢用水 資料名:中沢用水 資料名(よみ):なかざわようすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:武野神社下の湧水を主な水源とし、それに各所の湧水を合わせて流れ、馬場の市場坂の下で黒目川に合流する中沢川があり、この地域の水田開発に重要な役割を果たしました。しかし、湧水のみに依存した水田は、しばしば水不足を引き起こしたため、黒目川から水を取り入れるために用水路が掘られます。元々は湧水による自然の小川でしたが、次第に用水路と認識されるようになり、中沢用水と呼ばれるようになりました。現在は市内で水田は営まれておらず、中沢用水はわずかに痕跡を見ることができる程度です。用水路として利用されていた頃は、堰普請といって、地域の人々が協力して用水路を管理していました。また、水の争いを防ぐために、世話人や水番といった役職も置かれていました。 野寺親水公園の湧水 資料名:野寺親水公園の湧水 資料名(よみ):のでらしんすいこうえんのゆうすい 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:黒目川右岸に形成された河岸段丘の斜面から湧出する湧水の一つです。斜面地は居住や耕作に向かないため、雑木林として利用され、現在は雑木林と湧水のある公園として整備されています。 弁天堂(湧水) 資料名:弁天堂(湧水) 資料名(よみ):べんとてんどう(ゆうすい) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:旧跡 小分類:湧水・水路(跡) 解説:栗原小学校のある場所は、黒目側右岸の河岸段丘の低位面に位置し、窪地状になっています。現在の校庭には湧水があり、弁天様が祀られていたと伝わります。 «最初 前へ 1/2 次へ 最後»