大堰と田中用水

資料ID3863
中分類旧跡
小分類湧水・水路(跡)
資料名大堰と田中用水
資料名(よみ)おおぜきとたなかようすい
解説名称は字名「田中」から来ています。利用農家は51世帯で、田面積は9町7反8畝、平均反収は5俵でした。番水制を採っており、夏の渇水時に少々水量が不足した年には、大堰から取水していました。昭和30年(1955)代頃から、近隣や上流に個人住宅や住宅団地の造成、市内の養豚農家からの汚水流入、黒目川の河川改修等の結果、水位が著しく下がり、取水が困難になっていました。また、昭和40年(1965)頃、東久留米団地の排水が流れ込むようになり、用水も使われなくなります。このため、黒目川沿いでは昭和40年頃に水稲栽培が行なわれなくなりました。
エリア片山

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