検索トップ 人物一覧から探す人物データ&資料一覧 ツイート シェア 逸見治郎 人物名(ヨミ)ヘンミジロウ 生年(西暦)1878 生年(和暦)明治11年 没年(西暦)1953 没年(和暦)昭和28年 略歴・解説 逸見治郎はヘンミ式計算尺の発明者。東京神田で生まれたが7歳のときに父・新次郎が亡くなったため、母の実家であった野田町に移り住み、茂木小学校(野田尋常高等小学校を経て、現・野田市立中央小学校)に通っていた。卒業後、13歳で日本橋本石町で指物師として働いていた伯父・大谷竹二郎を頼り、中村測量計算器製作所で縮尺目盛の修業をする。16歳で櫛型治具を考案したことから業界で注目を集め、17歳で逸見治郎商店を設立した。逸見は指物師としての仕事の傍ら、明治27年(1894)にヨーロッパからもたらされたマンハイム計算尺の改良に取組む。日本の温湿度環境下でも狂いが無い計算尺を作るため、様々な素材を試し、明治42年に孟宗竹の合板にセルロイドを貼り付けた計算尺を完成させ同45年に特許が登録認可された。その後、計算尺製作時の精度向上を目指して研究を重ね、大正12年(1923)には同一品質での多量生産に成功した。昭和3年(1928)4月に合資会社逸見製作所を設立し、同8年には株式会社へと変更した。また、昭和21年にはヘンミ計算尺株式会社となり海外へも輸出された。 この人物の資料一覧[全3件] 並べ替え 並べ替え 公開資料名 昇順 公開資料名 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 逸見治郎肖像写真 ヘンミ式計算尺 ヘンミ式計算尺 資料データベースの利用について 野田市郷土博物館館蔵資料の一部をキーワード、分類、資料名、条件別、テーマ別、時代、人物から検索することができます。 キーワード欄を空白の状態で検索すると、登録されている全ての資料を表示することができます。 ・事前に申請をしていただくことで、資料を直接閲覧をすることができます。閲覧希望日時と、閲覧したい資料の概要、閲覧の目的をお電話等で事前にご連絡ください(必ずご予約が必要です)。 ・資料の状態や収蔵状況等の事情により、閲覧に供せない資料もございます。 ・画像の利用・転載等については、野田市郷土博物館にお問い合わせください。 電話:04-7124-6851 FAX:04-7124-6866 e-mail:info@noda-muse.jp https://noda-muse.jp/ PageTop