中国の影響

大分類4章 おたのしみとおもてなし
中分類茶(記録の中の茶)
解説天目茶碗と呼ばれる形式の茶碗で抹茶(茶葉を粉末にして点てたもの。点茶)を飲む習慣は中国宋代に広く行なわれ、特に禅宗と深く結びついていました。しかし元代を経て明代に入ると急速に衰退し、代わって茶葉を煎じて飲む煎茶(淹茶法)が発達しました。
沖縄の古琉球期のグスク跡などから非常に多くの天目茶碗が出土していることはよく知られますが、2010年代以降の考古学調査によれば、古琉球期の天目茶碗の大部分は14世紀後半以降(明代以降)の福建省茶洋窯のものと判明しています。つまり、すでに抹茶(点茶)と天目茶碗の文化が衰退した明代中国に、天目茶碗を特注していたと考えられるのです。茶洋窯の天目茶碗はヤマトの中世遺跡でも出土しており、それらは琉球・ヤマトの茶の湯文化のユニークな有様を浮かび上がらせています。

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