佐藤 忠良

作者名(ヨミ)さとう ちゅうりょう
作者名(英語)SATO Churyo
生年(西暦)1912
没年(西暦)2011

略歴・解説

1912(明治45)年、宮城県に生まれる。6歳のとき父が死去し母の出身地・北海道夕張市に移った。札幌第二中学校(現・札幌西高等学校)の頃から美術への関心を深め、20歳で上京。1939(昭和14)年、東京美術学校彫刻家(現・東京藝術大学)にを卒業し、本郷新らと共に新制作派協会の創立に参加する。1944年応召、戦後シベリア抑留を経て1948年復員。以後、新制作派協会を中心に作品を発表。1950年代は、市井の人々をモデルにした頭像を制作した「首狩りの時代」と呼ばれ、これら一連の作品で1960年、第3回高村光太郎賞を受賞。1960~70年代初頭にかけては、子供たちをモデルにした作品を多数制作し、「小児科の時代」といわれる。1970年代以降は。《帽子》の連作に代表される現代的な女性像を制作した。1981年にはフランス国立ロダン美術館で個展を開催するなど、戦後日本の具象彫刻界を代表する彫刻家である。また、『おおきなかぶ』(1962)など絵本の仕事でも知られる。

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