検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 野火止用水 > 分水点選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 野火止用水 > 分水点]で6件ヒットしました。 1件目~6件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 西堀分岐点 資料名:西堀分岐点 資料名(よみ):にしぼりぶんきてん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:現在も水が流れている史跡・野火止用水の中では唯一の分岐点です。下流に向かって左側は野火止用水の本流、右側は支流の平林寺堀です。さらに右側の歩道下には、かつての支流・陣屋堀がありました。 八軒廻し堀分水口 資料名:八軒廻し堀分水口 資料名(よみ):はちけんまわしぼりぶんすいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、8軒の農家を巡って本流に戻る水路を八軒廻し堀と呼んでいます。江戸時代、西堀村は平林寺の朱印地(領地)であったため、寺から見て西側の水路が「西堀」、そこに後から新設された水路・八軒廻し堀が「新堀」と呼ばれ、現在の丁目の由来となっています。現在は水路の大部分が遊歩道として整備されています。 八軒廻し堀合流 資料名:八軒廻し堀合流 資料名(よみ):はちけんまわしぼりごうりゅう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、8軒の農家を巡って本流に戻る水路を八軒廻し堀と呼んでいます。江戸時代、西堀村は平林寺の朱印地(領地)であったため、寺から見て西側の水路が「西堀」、そこに後から新設された水路・八軒廻し堀が「新堀」と呼ばれ、現在の丁目の由来となっています。現在は水路の大部分が遊歩道として整備されています。 菅沢・北野堀分水口 資料名:菅沢・北野堀分水口 資料名(よみ):すがさわ・きたのぼりぶんすいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、大和田通信所を通って志木街道に至ると街道沿いを流れ、菅沢村と北野村を潤しました。菅沢村は明暦2年(1656)に「橘樹郡六郷領菅沢村」(現・横浜市金沢区菅沢)の農夫十数人が入植して開拓されました。戦後、市内で最も早く簡易水道が普及したため、用水は側溝や道路用地に転用されていきます。若宮八幡神社には「野火止用水謝恩碑」が建てられています。 陣屋廻し堀 資料名:陣屋廻し堀 資料名(よみ):じんやまわしぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:西堀分岐点で本流から分かれ、現在の水道道路に沿って川越街道に至る水路を陣屋堀と呼んでいます。高崎藩の飛び地となった野火止村には、出先機関である陣屋が平林寺の向かいに置かれました。この陣屋で暮らす人々のために分水が設けられますが、この辺りはやや窪んだ土地であるため、堤を築き、その上に水を流す工法が採られました。 本流の流末(市内) 資料名:本流の流末(市内) 資料名(よみ):ほんりゅうのりゅうまつ(しない) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:志木駅の西側で、東武東上線の下を通る道(アンダーパス)がある場所は、以前は地上の踏切でした。志木街道沿いを流れてきた野火止用水が直進し、新河岸川の「いろは樋」へとつながっていました。また、東・東北地区を流れてきた本流を柳瀬川方面に流すため、用水路の「立体交差」が設けられていたようです。 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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西堀分岐点 資料名:西堀分岐点 資料名(よみ):にしぼりぶんきてん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:現在も水が流れている史跡・野火止用水の中では唯一の分岐点です。下流に向かって左側は野火止用水の本流、右側は支流の平林寺堀です。さらに右側の歩道下には、かつての支流・陣屋堀がありました。 八軒廻し堀分水口 資料名:八軒廻し堀分水口 資料名(よみ):はちけんまわしぼりぶんすいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、8軒の農家を巡って本流に戻る水路を八軒廻し堀と呼んでいます。江戸時代、西堀村は平林寺の朱印地(領地)であったため、寺から見て西側の水路が「西堀」、そこに後から新設された水路・八軒廻し堀が「新堀」と呼ばれ、現在の丁目の由来となっています。現在は水路の大部分が遊歩道として整備されています。 八軒廻し堀合流 資料名:八軒廻し堀合流 資料名(よみ):はちけんまわしぼりごうりゅう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、8軒の農家を巡って本流に戻る水路を八軒廻し堀と呼んでいます。江戸時代、西堀村は平林寺の朱印地(領地)であったため、寺から見て西側の水路が「西堀」、そこに後から新設された水路・八軒廻し堀が「新堀」と呼ばれ、現在の丁目の由来となっています。現在は水路の大部分が遊歩道として整備されています。 菅沢・北野堀分水口 資料名:菅沢・北野堀分水口 資料名(よみ):すがさわ・きたのぼりぶんすいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:市内上流域で分岐し、大和田通信所を通って志木街道に至ると街道沿いを流れ、菅沢村と北野村を潤しました。菅沢村は明暦2年(1656)に「橘樹郡六郷領菅沢村」(現・横浜市金沢区菅沢)の農夫十数人が入植して開拓されました。戦後、市内で最も早く簡易水道が普及したため、用水は側溝や道路用地に転用されていきます。若宮八幡神社には「野火止用水謝恩碑」が建てられています。 陣屋廻し堀 資料名:陣屋廻し堀 資料名(よみ):じんやまわしぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:西堀分岐点で本流から分かれ、現在の水道道路に沿って川越街道に至る水路を陣屋堀と呼んでいます。高崎藩の飛び地となった野火止村には、出先機関である陣屋が平林寺の向かいに置かれました。この陣屋で暮らす人々のために分水が設けられますが、この辺りはやや窪んだ土地であるため、堤を築き、その上に水を流す工法が採られました。 本流の流末(市内) 資料名:本流の流末(市内) 資料名(よみ):ほんりゅうのりゅうまつ(しない) 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:分水点 解説:志木駅の西側で、東武東上線の下を通る道(アンダーパス)がある場所は、以前は地上の踏切でした。志木街道沿いを流れてきた野火止用水が直進し、新河岸川の「いろは樋」へとつながっていました。また、東・東北地区を流れてきた本流を柳瀬川方面に流すため、用水路の「立体交差」が設けられていたようです。