検索トップ 検索結果一覧 キーワード 全ての語を含む いずれかの語を含む 分類 名所・旧跡・伝承 > 野火止用水 > 水路跡選択... その他の検索条件その他の検索条件 資料名 資料名(よみ) 解説 画像有のみを表示 再検索 リセット 検索条件[分類:名所・旧跡・伝承 > 野火止用水 > 水路跡]で6件ヒットしました。 1件目~6件目を表示しています。 並べ替え 並べ替え ★資料名 昇順 ★資料名 降順 資料名 昇順 資料名 降順 資料名(よみ) 昇順 資料名(よみ) 降順 大分類 昇順 大分類 降順 中分類 昇順 中分類 降順 小分類 昇順 小分類 降順 ★時代・時期 昇順 ★時代・時期 降順 解説 昇順 解説 降順 表示件数 5 10 20 50 100 件ずつ表示 文字画像一覧 画像一覧 文字一覧 野火止用水陣屋堀築堤遺構 資料名:野火止用水陣屋堀築堤遺構 資料名(よみ):のびとめようすいじんやぼりちくていいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:江戸時代に開削された野火止用水には、陣屋堀と呼ばれる分水があり、現在の水道道路に沿って旧川越街道方面に流れていました。陣屋堀は、高崎藩の陣屋があった野火止一丁目17番地内でさらに分岐し、廻し堀を通って元の陣屋堀に還流していました。陣屋付近は窪地となっており、水路の勾配を確保するために、途中から堤を築いて高さを設け、その上に水を通すという江戸時代の土木技術の高さを伝える重要な遺構です。令和6年(2024)8月29日、市史跡に指定。 菅沢堀 資料名:菅沢堀 資料名(よみ):すがさわぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説: 西堀で分岐し、大和田通信所を抜け、志木街道沿いを流れる野火止用水を菅沢堀と呼んでいます。志木方面に向かって左側を流れ、土揚げ敷がありましたが、現在は道路の一部となっています。また、「呼び井戸」といって、細い分水を設けて家の前に小さな貯め池を作り、井戸のように用いる設備もありました。 野火止用水親水空間 資料名:野火止用水親水空間 資料名(よみ):のびとめようすいしんすいくうかん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:野火止用水本流のうち、国道254号と旧川越街道の間の区間は、新座駅第2土地区画整理事業の一環で、親水空間が整備されました。実際の用水跡は、地下に埋納保存されており、その上を水が流れています。 宮戸堀 資料名:宮戸堀 資料名(よみ):みやどぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:川越街道から凸版印刷工場の脇を通り、朝霞市との市境を北に流れ、慶応義塾志木高等学校を通って、朝霞市宮戸の方へ流れていく野火止用水です。「浜崎流」と呼ばれることもあります。 陣屋堀 資料名:陣屋堀 資料名(よみ):じんやぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:信綱の孫で高崎藩主だった輝貞が、先祖が開発し、菩提寺もある野火止の地を自ら管理したいと将軍・綱吉に申出たことで、川越藩の所領であった野火止の村々は高崎藩の飛地となります。これを機に高崎藩の陣屋が設置されましたが、それ以前にも、用水の管理や野火止開発の拠点が必要であること、用水が大きく迂回した陣屋堀があることを勘案すると、野火止開発当初から川越藩の施設があったと推測されています。陣屋堀は、一部が「堀」ではなく、版築工法によって築かれた堤の上を水が流れており、現在もその築堤を見ることができます。地面よりも高い所を流した理由は、分水口から川越街道までの用水の勾配を確保するためであり、江戸時代の高度な測量技術が窺い知れます。なお、「陣屋」という字名はありますが、陣屋の場所は特定されていません。 蓋掛けされた陣屋堀 資料名:蓋掛けされた陣屋堀 資料名(よみ):ふたかけされたじんやぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:現在の水道道路で、朝霞方面に向かって左側には、コンクリート製の橋のような歩道が続きます。これは野火止用水陣屋堀に蓋掛けをして歩道としたもので、かつての流路を知ることができます。 新座市文化財データベースは、埼玉県にあるれきしてらす(新座市立歴史民俗資料館 が運営・管理しています。 れきしてらすの開館日やアクセス方法、展示・イベント等の情報については、新座市公式ホームページをご覧ください。 「新座市文化財データベース」の利便性向上のため、アンケートへのご協力をお願いいたします。 資料に関するお問い合わせは、新座市公式ホームページのお問い合わせフォームからお願いします。特定の資料についてお問い合わせいただく場合は、その資料のIDや番号、または該当ページのURLなどを転記してください。 スマートフォン向けアプリ「にっぽん風景なび」・「ポケット学芸員」でも情報を公開しておりますので、併せてご利用ください。アプリの利用料は無料ですが、別途、通信費が必要となります。 「ウェブサイト版にっぽん風景なび」も併せてご利用ください。掲載内容はアプリ版と同じです。 PageTop
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野火止用水陣屋堀築堤遺構 資料名:野火止用水陣屋堀築堤遺構 資料名(よみ):のびとめようすいじんやぼりちくていいこう 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:江戸時代に開削された野火止用水には、陣屋堀と呼ばれる分水があり、現在の水道道路に沿って旧川越街道方面に流れていました。陣屋堀は、高崎藩の陣屋があった野火止一丁目17番地内でさらに分岐し、廻し堀を通って元の陣屋堀に還流していました。陣屋付近は窪地となっており、水路の勾配を確保するために、途中から堤を築いて高さを設け、その上に水を通すという江戸時代の土木技術の高さを伝える重要な遺構です。令和6年(2024)8月29日、市史跡に指定。 菅沢堀 資料名:菅沢堀 資料名(よみ):すがさわぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説: 西堀で分岐し、大和田通信所を抜け、志木街道沿いを流れる野火止用水を菅沢堀と呼んでいます。志木方面に向かって左側を流れ、土揚げ敷がありましたが、現在は道路の一部となっています。また、「呼び井戸」といって、細い分水を設けて家の前に小さな貯め池を作り、井戸のように用いる設備もありました。 野火止用水親水空間 資料名:野火止用水親水空間 資料名(よみ):のびとめようすいしんすいくうかん 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:野火止用水本流のうち、国道254号と旧川越街道の間の区間は、新座駅第2土地区画整理事業の一環で、親水空間が整備されました。実際の用水跡は、地下に埋納保存されており、その上を水が流れています。 宮戸堀 資料名:宮戸堀 資料名(よみ):みやどぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:川越街道から凸版印刷工場の脇を通り、朝霞市との市境を北に流れ、慶応義塾志木高等学校を通って、朝霞市宮戸の方へ流れていく野火止用水です。「浜崎流」と呼ばれることもあります。 陣屋堀 資料名:陣屋堀 資料名(よみ):じんやぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:信綱の孫で高崎藩主だった輝貞が、先祖が開発し、菩提寺もある野火止の地を自ら管理したいと将軍・綱吉に申出たことで、川越藩の所領であった野火止の村々は高崎藩の飛地となります。これを機に高崎藩の陣屋が設置されましたが、それ以前にも、用水の管理や野火止開発の拠点が必要であること、用水が大きく迂回した陣屋堀があることを勘案すると、野火止開発当初から川越藩の施設があったと推測されています。陣屋堀は、一部が「堀」ではなく、版築工法によって築かれた堤の上を水が流れており、現在もその築堤を見ることができます。地面よりも高い所を流した理由は、分水口から川越街道までの用水の勾配を確保するためであり、江戸時代の高度な測量技術が窺い知れます。なお、「陣屋」という字名はありますが、陣屋の場所は特定されていません。 蓋掛けされた陣屋堀 資料名:蓋掛けされた陣屋堀 資料名(よみ):ふたかけされたじんやぼり 大分類:名所・旧跡・伝承 中分類:野火止用水 小分類:水路跡 解説:現在の水道道路で、朝霞方面に向かって左側には、コンクリート製の橋のような歩道が続きます。これは野火止用水陣屋堀に蓋掛けをして歩道としたもので、かつての流路を知ることができます。