阿弥陀坐像板碑

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板碑 阿弥陀坐像板碑・地蔵立像板碑

資料名(ヨミ)イタビ アミダザゾウイタビ ジゾウリュウゾウイタビ
大分類市内の指定文化財
中分類尼崎市指定文化財
小分類有形文化財
種別考古資料
所有者東光寺
別名
時代/年代阿弥陀坐像板碑:鎌倉時代後期、地蔵立像板碑:南北朝時代中期頃
所在地尼崎市大庄北2-7-1 東光寺
数量2基
解説浄土宗東光寺境内のブロック塀沿いに並ぶ30基の石造物群中にある、いずれも完形品の板碑です。ともに花崗岩製で、現高は阿弥陀坐像板碑が112.1cm、地蔵立像板碑が95.3cmです。
阿弥陀坐像板碑は、突き出た額部の直ぐ下に阿弥陀坐像が大きく刻まれています。銘文等はありませんが、全体の構造様式や阿弥陀坐像の像容、蓮華座の手法などから鎌倉時代後期の造立とみられ、市内に残る現存最古の板碑です。
地蔵立像板碑は、同じく額部の下に錫状(しゃくじょう)を手にした地蔵立像が刻まれ、銘文等はなく、下端近くに水を供えるためのものとみられる三日月形の穴があけられています。左に並び立つ阿弥陀坐像板碑と比べると規模がやや小さく、構造形式や尊像などの手法から南北朝時代中期頃の造立と推定されます。
板碑は、板状の石材に仏・菩薩をあらわす梵字や阿弥陀如来・地蔵菩薩などの尊像、年月日や造立趣旨などを刻んで造立された石造物で、鎌倉時代に発達し、室町・戦国時代に衰退しました。市内ではこれまでに約20基の板碑が確認されていますが、古い時代に属するものは少なく、鎌倉時代や南北朝時代の遺例であるこの2基の板碑は貴重な資料といえます。
指定日平成19年(2007)3月22日
指定目録等参考データ

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