御園古墳石棺(平成6年、1994撮影)

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御園古墳石棺

資料名(ヨミ)ミソノコフンセッカン
大分類市内の指定文化財
中分類尼崎市指定文化財
小分類有形文化財
種別考古資料
指定日昭和59年(1984)3月26日
所蔵者尼崎市
別名
数量1基
時代/年代古墳時代中期
所在地尼崎市塚口本町8-1-24 御園墓地
解説この石棺は、昭和8年(1933)御園墓地の墓地整理が行われた際に発見されました。場所は墓地(御園古墳墳丘)の西部と伝えられています。平らに加工された厚さ20cmほどの切石を組み合わせた「組み合わせ式石棺」で、4枚の切石をつないだ底石の上に溝を彫りこみ、長辺の側石を立てた後にその外側に短辺を組み合わせ、2枚の蓋石(ふたいし)をかぶせた家形石棺です。蓋石には両辺に縄懸け突起を造りだし、内側には刳り込みが施されています。発見当時は2枚とも残っていましたが、現在は1枚のみで、他の1枚は破砕され断片として石棺内に残されています。
大きさは、長さ2.15m、幅1.20m、高さ1.10mあり、石棺の形式やそれまでに発見されている遺物などから、6世紀中頃のものと考えられています。この石棺が埋納されていた御園古墳は、後世の墓地造成により外形が著しく損なわれていますが、東西に主軸をもつ全長約60m、高さ約3mの前方後円墳と推定されています。須恵器などの土器以外に、鏡・玉・剣などの出土が伝えられていますが、2口の直刀(うち1口は環頭太刀)以外は所在不明です。
この石棺の石材は、神戸層群中の白色系の泥質堆積岩で、小さな黒粒を含んだ細粒の砂岩質のものです。石棺の石材としての使用は数も少なく、兵庫県東部に限られていると見られています。発見後位置を移し、長期間露天にさらされていたため損壊が著しくなったため、昭和56年に樹脂加工による保存処理を施し、出土した位置に近いところに戻しました。
指定目録等参考データ

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