時友村掃除助場所墨引図 安永2年(1773)(古田嘉章氏文書) 上が北
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時友村掃除助場所墨引図 安永2年(1773)(古田嘉章氏文書)
| 資料群名 | |
|---|---|
| 資料番号 | |
| 時代/年代 | 安永2年(1773)1月 |
| 差出(編著) | |
| 宛先 | |
| 数量 | 1枚 |
| 解説 | 幕府は大名の動向を監視するため、将軍代替わりの際などに巡見使を各地に派遣し視察を行なわせました。この巡見使が街道筋を通行する際、掃除役が沿道の村々に課せられ、掃除場所を示す絵図が作成されました。 この墨引図は、安永2年(1773)に巡見使が西国街道を通るというので、尼崎藩領であった摂津国武庫郡時友村が作成した絵図になります。街道上の領杭(寺本・山田・西昆陽の村境)から西へ38間4尺(約70m)、時友村と同じく尼崎藩領だった武庫郡西昆陽村の領分である「掃除助場所」を示しています。時友村領分ではないから、巡見使通行時に時友村の村役人は出向かない旨の断り書きと判があり、街道沿いではないものの掃除役を分担することになっていた時友村が、今後これ以上負担が増えないよう確認のため作成したものと考えられます。 古田嘉章氏文書のうちの1点です。 東西28.5cm、南北55cm |
| 別名 | |
| 所有者 | 個人蔵(尼崎市立歴史博物館寄託) |
| 大分類 | 古文書・近現代文書類 |
| 中分類 | 絵図類 |
| 小分類 | 村絵図(水利絵図を含む) |
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