水堂村七ツ松村双方相絵図 享保2年(1717)(常吉部落有文書) 上が北

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水堂村七ツ松村双方相絵図 享保2年(1717)(常吉部落有文書)

資料群名
資料番号
時代/年代享保2年(1717)12月
差出(編著)
宛先
数量1枚
解説正徳2年(1712)の武庫川洪水により破損し修復された新溝の水堂井への悪水抜き(排水)をめぐって、新溝を修復した常吉村・武庫村側と水堂井(みずどうゆ、水堂村・七松村)の間で起きた水論に関して、享保2年(1717)12月に作成された絵図です。武庫川脇の漏水から発する「新溝」と水堂井の間にある白色の砂地部分(常吉村領)が争点となる「論所」と書かれており、絵図裏面には「表書の絵図は双方の村々が立ち会い場所を詳しくご案内し、「町間縄引」(測量)しており、絵図の記載に相違はありません」という誓いの文言が四か村の村役人の署名・連印とともにあります。また論所には「済口(すみくち)」とも書かれているので、当事者双方で解決し訴えが取り下げられたようです。ただ完全解決とはいかなかったようで、翌享保3年6月の裁許状の覚え(同じく常吉部落有文書)から、最終的には幕府の裁決という形で争いが終結したことがわかります。
凡例(色分け)の隣に「町間百間一尺之積」という記載があり、百間(一間=六尺)の距離を一尺の長さで表す1/600の縮尺であることを意味していますが、図中には「但井路幅壱間弐分之積」(1/300)と記された箇所など、異なる縮尺で描かれている部分もあります。論所やこれに関連する箇所は一定の縮尺で描き、周辺部分の縮尺は適宜調整されているものと思われます。
常松部落有文書のうちの1点です。
東西131cm、南北168cm
別名
所有者個人蔵(尼崎市立歴史博物館寄託)
大分類古文書・近現代文書類
中分類絵図類
小分類村絵図(水利絵図を含む)

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