田能遺跡出土の銅剣鋳型(どうけんいがた)

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田能遺跡出土の遺物

資料名(ヨミ)タノウイセキシュツドノイブツ
大分類市内の指定文化財
中分類兵庫県指定文化財
小分類有形文化財
種別考古資料
所有者尼崎市
別名
時代/年代弥生時代
所在地尼崎市田能6-5-1 田能資料館
数量632個
解説銅剣鋳型(どうけんいがた) 1点
昭和40年(1965)に行われた田能遺跡の発掘調査の際、第4調査区南端の不整形な土坑中から、弥生時代中期前半の土器の破片と一緒に発見されました。砂岩製です。剣を彫りこんだ面は現状を保つと考えられてきましたが、彫りこみが浅すぎることから、二次的な研ぎを受けていると考えた方がよいようです。側面には砥石として使用された痕跡が残されています。現存長6.6cm、最大幅6.6cm、最大厚み5.3cmの直方体の一面に、銅剣の茎(なかご)部分と「まち」から上がわずかに残っています。彫りこまれている剣の現存寸法は、全長5.8cm、剣身部長3.6cm、剣身部最大幅4.7cm、まち幅4.4cm、脊幅1.7cm、茎部長2.4cm、同幅1.65cmです。この鋳型から復元される銅剣は、岩永省三氏の編年による中細銅剣a類に属すると考えられています。この鋳型の発見によって近畿地方でも銅剣を製作していたことが明らかになりました。

白銅製釧(はくどうせいくしろ) 1点
遺跡の南西の端に埋葬された第17号墓の被葬者が、左腕に着装した状態で発見された腕輪です。外径は縦7.1cm、横5.58cm、内径は縦6.15cm、横4.7cm、環の幅は0.75cm、厚さ0.5cmあります。「D」字状の不整五角形をなし、外面はよく研磨されていますが、内面には鋳型の合わせ目が部分的に残っています。その形から、南海産の大型の巻貝「ゴホウラ」を縦に切断して作られた貝製の腕輪を比較的忠実に模して製作されたと考えられます。近畿地方の弥生時代の被葬者の検出例として、装身具を着装した数少ない例の一つです。

碧玉製管玉(へきぎょくせいくだたま) 632個
第17号墓に接して埋葬された第16号墓の被葬者の胸部付近から発見された、632個におよぶ碧玉製の管玉です。大きさには大小があり、長さ0.72~2.33cm、太さ0.33~0.6cmのものがあります。長さで最も多いのは1.48cm、太さで最も多いのは0.49cmのものがあり、近畿地方では最大量の出土例です。廃土中に発見されたため、一部が廃棄された可能性があり、当初は数量的にもう少し多い数の管玉が首飾りに使用されていたものと思われます。地点を異にして碧玉の原石が2点検出され、その内の1点には分割のための溝が彫りこまれていることなどから、田能遺跡において管玉の製作が行われていたことが想定されます。
指定日平成3年(1991)3月30日
指定目録等参考データ

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