横浜延命地蔵三尊像

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①地蔵菩薩立像 ②制咤迦童子立像 ③矜羯羅童子立像

資料名(よみ)ジゾウボサツゾウ セイタカドウジ コンガラドウジ
時代江戸時代
数量全4点
素材
法量地蔵像 総高56.0㎝、像高51.0㎝、頭長10.5㎝、肘張15.5㎝、胸奥5.5㎝、腹奥9.0㎝
解説 敦賀市横浜の水上家に伝えられた像で、木本地蔵と兄弟となる像だと言い伝えられてきた他は、詳しい経緯は不明。斜面の小堂の内の社の中に、本尊のみ後補の厨子に入れ、収められていた。地蔵菩薩像は体部の構造は彩色で判然としないが、頭部は耳後で二材を接いでいる。両手先、足先別材。袈裟に施された金箔は背面の方がよく残る。彫眼、白毫も彫り出している。やや面長で、目鼻は小さく造り、頬はふっくらと張っている。袈裟を吊るす環を結ぶ紐や胸元の畳み方はやや不自然。制咤迦・矜羯羅二童子は、本来不動明王の脇侍とされることが多いが、わが国で偽作された「仏説延命地蔵菩薩経」には、地蔵菩薩が二童子を従えることが説かれている。矜羯羅童子は、右上方見上げ、着衣は大きく風になびいている。左手先、両足先を欠損する。着衣や頭部に彩色の痕跡が残る。翻る衣の表現や、頬や肩から腕にかけてなめらかな丸みを見せる。制咤迦童子は、頭部に僅かに彩色の痕跡を残しているが、殆ど木地のまま、粗い彫り口を見せている。着衣の裾や右の肘部分が切り落としたかのように欠けている。もともと性悪とされる制咤迦童子は小心な矜羯羅童子の穏やかさに比して荒々しく躍動的に表現される。この2体は一度盗難にあい、山中に捨てられたものが水上某の夢に蟻に食われて難儀しているから助けに来いと現れて、無事戻されたという。
受入年度平成11年
所蔵館敦賀市立博物館
大分類美術
中分類彫刻
小分類木彫
細目No.001

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