青年とみぐすく2-1-3 1966年度運動方針
| 資料ID | 1588716 |
|---|---|
| 種類 | 記録 |
| 大項目 | 団体資料 青年会 |
| 中項目 | 運営 |
| 小項目 | 活動方針 |
| 細項目 | |
| 資料名(別名) | |
| 資料内容 | 1966年度運動方針 我々沖縄県民は日本国民だといいながらも第二次大戦後20余年という長い年月本土から切り離なされて異民族に支配され、今なお続けられている不自然な島である。渡航の自由が制限され人権が軽視され、日本国憲法が適要されず、民立法より弁務官の布令、布告、指令等が優先して施行され、我々県民の首長であるところの行政主席さえ県民の自由意志で選挙することが出来ないのが現状である。そういう難問題を解決するためには、我々青年は勿論のこと、県民が沖縄の現状を正しく分析し、理解することであります。そこから不自然な現状を自然に帰すには一日も早く祖国に復帰することであるという結論が生まれ、全県民の要求としての運動が展開されますます活発さを加えて来ているのであります。我々青年においては中学校を卒業して高校に進学しようと思っても60%位しか進学出来ないのであり、学校教育を終え、社会に出て来ても、社会教育施設がまだまだ充分とはいえない。そういう中における青年会というのは、いよいよ重要視されなければならない、政治的、経済的、社会的等々の面で複雑である沖縄においては健全な青少年の育成のための環境があまりにも芳しくないのである。そういう中では前向で建設的な考え方というのが生まれてこないし、健全な青少年は育たないのであり、青少年が建設的な物の見方。考え方をしようとする意欲を失わせ、まして矛盾に満ちた社会をのり越えることが出来ず、自己中心的な物事を考えるようになり、青少年の非行が生れ、社会問題化するのである。そういう中で未来を背負って行かねばならない青年自らが果す役割は大きいものがあります。 村青年会に於いては今年で設立3年目を迎え、まだまだ充実した青年会とはいえないが、ある程度の基礎を築くことが出来ました。これも一重に会員は勿論青年会の諸先輩、村当局、区教育委員会、村農協等の物心両面からの協力があったからであります。今年も従来以上の協力をえて、青年会の最大目的である青年の生活を高めるという大前提のもとに自己の教養を身につけ、対人間関係の改善をする中で地域社会の発展のためにつくしていくということが青年の社会に要求されるべきことである。これらの青年会の目的をす達成るために今年は特に左記の目標を重点的に推進していきたい。 |
| キーワード | 現状理解、対人関係、目標 |
| 総体1 | 豊見城村青年会広報誌 青年とみぐすく 2号 1967年3月 |
| 総体2 | 豊見城村青年会 広報誌『青年とみぐすく』掲載記事 |
| 総体3 | 豊見城村青年会広報誌資料綴り |
| 国名 | 日本 |
| 都道府県名 | 沖縄県 |
| 市町村 | 豊見城市 |
| 字 | |
| 市町村2 | |
| 字2 | |
| 場所名 | ― |
| 時代・時期 | 昭和_戦後_復帰前 |
| 年月日(始) | |
| 年代(西暦) | |
| 年月日(和暦)(終) | |
| 年代(和暦) | |
| 始期(年・西暦) | ― |
| 始期(年・和暦) | |
| 始期(月) | ― |
| 始期(日) | ― |
| 所蔵館 | 豊見城市歴史民俗資料展示室 |
| 受入元 | |
| 利用時表示名 | とみぐすくデジタルアーカイブ_id=1588716 |
| 出典1 | 豊見城村青年会広報誌 青年とみぐすく 2号 1967年3月 |
| 出典1リンク | |
| 出典2 | |
| 出典2リンク | |
| 出典3 | |
| 出典3リンク | |
| 関連1 | 豊見城市史第5巻社会と文化・教育編 > 5 教育 > 4 社会教育 > 01 社会教育事業 |
| 関連1リンク | |
| 関連2 | |
| 関連2リンク | |
| 関連3 | |
| 関連3リンク | |
| 関連4 | |
| 関連4リンク | |
| 関連5 | |
| 関連5リンク | |
| 資料状況 | テキストデータ、画像、写真 |
| 資料状態概要 | テキストデータ「タイトル」(市史外部調査員により翻刻済み) テキストデータ「説明」(AI-OCR済み、市史編集員確認済み) 画像(スキャン済み) 写真(紙面上の写真なし) |
| 収納分類1 | 2団体 |
| 収納分類2 | 2_03青年連合会_01豊見城市青年会 |
| 収納分類3 | 2030101団体 |
| 収納分類4 | 01機関紙青年とみぐすく |
