広報225-5-2 1 馬術競技の沿革
| 資料ID | 1571799 |
|---|---|
| 種類 | 記録 |
| 大項目 | 行政資料 広報誌 |
| 中項目 | 未特定 |
| 小項目 | |
| 細項目 | |
| 資料名(別名) | |
| 資料内容 | “きらめく太陽 ひろがる友情"をスローガンに、第42回国民体育大会“海邦国体"が、昭和62年に本県において開催されます。 特に、海邦国体は、全国一巡の最後を飾る大会であり、また復帰十五周年を記念する大会です。 本村においては、馬術競技を実施することになっていますが、馬術というのは、沖縄県において馴じみの薄い競技であり、村民のご理解とご協力が一層必要となってまいります。 国体村実行委員会では、これを契機に、村民へ広く馬術競技についての意識高揚を図るため馬術競技についてシリーズで紹介します。 ①馬術競技の沿革 先史時代、馬は重要な狩猟の対象として密接に、人数の生活に結びついていたもので、乗馬の風習は、ユーラシア大陸の草原地帯に住み民族の間で発達したと伝われ紀元前7世紀頃、古代オリンピックに馬術の種目が加えられました。 近代の馬術は、1861年に横浜在住の外人から伝えられたのがはじまりで、1889年に始めて乗馬学校が創立されたことにより大学の馬術部を中心に次第に普乃してきました。 1928年、アムステルダムの第9回オリンピック大会に初めて参加し、第10回オリンピック大会で大障害競技において優勝した実績があります。 第二次世界大戦によって馬術は衰微したが、戦後ただちに日本馬術連盟が結成され、今日の馬術の振興が図られたのです。 ちなみに、本県における馬術連盟の結成は、昭和56年でありこれからの振興スポーツといえるでしょう |
| キーワード | 国体・馬術 |
| 総体1 | 広報とみぐすく 225号 1984年 (昭和59年) 12月 |
| 総体2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 3巻 掲載 |
| 総体3 | 海邦国体へダッシュ |
| 国名 | |
| 都道府県名 | |
| 市町村 | |
| 字 | |
| 市町村2 | |
| 字2 | |
| 場所名 | |
| 時代・時期 | 昭和_戦後_復帰後 |
| 年月日(始) | |
| 年代(西暦) | 1980年代 |
| 年月日(和暦)(終) | |
| 年代(和暦) | 昭和50年代 |
| 始期(年・西暦) | |
| 始期(年・和暦) | |
| 始期(月) | |
| 始期(日) | |
| 所蔵館 | 豊見城市歴史民俗資料展示室 |
| 受入元 | 豊見城市役所秘書広報課 |
| 利用時表示名 | とみぐすくデジタルアーカイブ_id=1571799 |
| 出典1 | 広報とみぐすく 225号 1984年 (昭和59年) 12月 |
| 出典1リンク | |
| 出典2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 3巻 |
| 出典2リンク | |
| 出典3 | |
| 出典3リンク | |
| 関連1 | 豊見城市史第5巻社会と文化・教育編 > 4 村政・村行政 > 1 社会の動きと村政 > 07 海邦国体受入れ |
| 関連1リンク | |
| 関連2 | |
| 関連2リンク | |
| 関連3 | |
| 関連3リンク | |
| 関連4 | |
| 関連4リンク | |
| 関連5 | |
| 関連5リンク | |
| 資料状況 | テキストデータ、画像、写真 |
| 資料状態概要 | ・テキストデータ「タイトル」(市史編集員により翻刻済み) ・テキストデータ「説明」(AI-OCR→学芸員で確認) ・画像(平成23~24年度スキャニング済み) ・写真(紙面上の写真はデータ別途) |
| 収納分類1 | 4首長部局 |
| 収納分類2 | 4_02総務部門_02秘書広報課 |
| 収納分類3 | 4020205広報・公聴 |
| 収納分類4 | 402020501広報誌 |
