広報172-1-2 第42回国民体育大会の主会場をわが豊見城村へ 大城村長ら西銘知事に要請
| 資料ID | 1570082 |
|---|---|
| 種類 | 記録 |
| 大項目 | 行政資料 広報誌 |
| 中項目 | 未特定 |
| 小項目 | |
| 細項目 | |
| 資料名(別名) | |
| 資料内容 | 昭和62年、第42回国民体育大会が沖縄県で開催が決定され、豊見城村に主会場を誘致しようと、去る6月17日、大城盛一村長、宜保助役金城議長らは県庁へ西銘知事をたずね、主会場の誘致を要請しました。最初に大城村長が要請文を読み上げ、その中で、本村は、県都那覇市に隣接し、那覇空港にも至近距離である。又主会場は大規模な用地が必要であり、内陸部における用地の確保も非常に困難である、以上の点からして、本村の字翁長、与根地先の公有水面は遠浅であり、埋立工事も単価が割安で容易であります。又特に北部に於いては海洋博の関連施設等や、道路網の整備が行われた。中部に於いては中城湾港の大型プロジェクトが計画され、その投資による地域の発展が大きく期待されております。しかし南部に於いてはこのような大型の開発計画がなく、南部市町村としては、この国民体育大会の主会場の誘致に大きな期待をよせている。したがって本村は国体主会場の実現と開催に鋭意努力するつもりでありますので、格段のご高配をと強く要請したあと、宜保光一助役から主会場の総合運動場の計画図面が説明され、西銘知事も皆様の要望はよく理解した、他からも要請があるので、充分に検討した上主会場を決めると解答していました。 ※原資料に「「沖縄国体」の主会場はぜひ豊見城村へと誘致に関する要請文を読み上げる大城盛一村長」「国体主会場としては本村字翁長、与根地先が最適地であると図面を提出、宜保助役もその説明に熱がこもっている。」の写真掲載あり |
| キーワード | 国体誘致 |
| 総体1 | 広報とみぐすく 172号 1980年 (昭和55年) 7月 |
| 総体2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 2巻 掲載 |
| 総体3 | |
| 国名 | |
| 都道府県名 | |
| 市町村 | |
| 字 | |
| 市町村2 | |
| 字2 | |
| 場所名 | |
| 時代・時期 | 昭和_戦後_復帰後 |
| 年月日(始) | |
| 年代(西暦) | 1980年代 |
| 年月日(和暦)(終) | |
| 年代(和暦) | 昭和50年代 |
| 始期(年・西暦) | |
| 始期(年・和暦) | |
| 始期(月) | |
| 始期(日) | |
| 所蔵館 | 豊見城市歴史民俗資料展示室 |
| 受入元 | 豊見城市役所秘書広報課 |
| 利用時表示名 | とみぐすくデジタルアーカイブ_id=1570082 |
| 出典1 | 広報とみぐすく 172号 1980年 (昭和55年) 7月 |
| 出典1リンク | |
| 出典2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 2巻 |
| 出典2リンク | |
| 出典3 | |
| 出典3リンク | |
| 関連1 | 豊見城市史第5巻社会と文化・教育編 > 4 村政・村行政 > 1 社会の動きと村政 > 07 海邦国体受入れ |
| 関連1リンク | |
| 関連2 | |
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| 関連3 | |
| 関連3リンク | |
| 関連4 | |
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| 関連5 | |
| 関連5リンク | |
| 資料状況 | テキストデータ、画像、写真 |
| 資料状態概要 | ・テキストデータ「タイトル」(市史編集員により翻刻済み) ・テキストデータ「説明」(AI-OCR→学芸員で確認) ・画像(平成23~24年度スキャニング済み) ・写真(紙面上の写真はデータ別途) |
| 収納分類1 | 4首長部局 |
| 収納分類2 | 4_02総務部門_02秘書広報課 |
| 収納分類3 | 4020205広報・公聴 |
| 収納分類4 | 402020501広報誌 |
