広報1-4-2 完全給食はじまる 上田小学校
| 資料ID | 1568017 |
|---|---|
| 種類 | 記録 |
| 大項目 | 行政資料 広報誌 |
| 中項目 | 教育 |
| 小項目 | 小学校 |
| 細項目 | |
| 資料名(別名) | |
| 資料内容 | 上田小学校では、さきに文教局から全琉で始めての「完全給食実験学校」に指定され、総工費2800弗で66平方メートルのしよう洒な給食室(炊事室)がこの程完成、それに近代的な内部設備、バーナー、ミルク再製二重釜、野菜断裁機などの諸設備が約900弗合計3700弗で立派な給食設備が整い、7月18日から全校生徒452人に対して完全給食を実施した。 土、日曜日を除く週5回の給食で、勿論主食のパンは各学校並に正式な製パンエ場(糸満の丸新製パン所)からの納入であるが、又ミルク攪半釜も他の優秀学校でよく見られるものであるが、ただ一つ他と異っている※1 のは、その主眼目的たる副食物(おかず)である。野菜類を主とした栄養献立であるが、野菜は本村名物の清浄栽培蔬菜で個人と契約し、現在は字上田の宜保文盛さんが納入しているが夏場で学校の要望する品が少い※2 のが悩みの種らしい。 初日の献立は苦瓜(ゴーヤー)を主体としたものであったが、平素自分の家でなら苦いからといって食べない児でも、「おいしい」と言って喜んで食べ、これは偏食是正に効果があるとの山城校長先生のお話であった。 登川明孝PTA会長の話 児童1人当り1食分4セント位を見当しています。 夏季は野菜が少い※3 ため、やや値段も高いが、これは野菜が豊富になる時期の安いので補えると思います。初日の献立は13品目で出来ていたが、各自の家庭なら、おそらく上流家庭でもこんなには食べていないだろうとの話でした。 村教育委員会では、上田校の完全給食の成果を見てから、逐次各学校に立派な給食施設をしようと計画しております。 以下の通り修正しました ※1 異つているから「異なっている」へ修正 ※2 少いから「少ない」へ修正 ※3 少いから「少ない」へ修正 |
| キーワード | 上田小・給食 |
| 総体1 | 広報とみぐすく 1号 1962年 (昭和37年) 8月 |
| 総体2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 1巻 掲載 |
| 総体3 | 学校だより |
| 国名 | |
| 都道府県名 | |
| 市町村 | |
| 字 | |
| 市町村2 | |
| 字2 | |
| 場所名 | |
| 時代・時期 | 昭和_戦後_復帰前 |
| 年月日(始) | |
| 年代(西暦) | 1960年代 |
| 年月日(和暦)(終) | |
| 年代(和暦) | 昭和30年代 |
| 始期(年・西暦) | |
| 始期(年・和暦) | |
| 始期(月) | |
| 始期(日) | |
| 所蔵館 | 豊見城市歴史民俗資料展示室 |
| 受入元 | 豊見城市役所秘書広報課 |
| 利用時表示名 | とみぐすくデジタルアーカイブ_id=1568017 |
| 出典1 | 広報とみぐすく 1号 1962年 (昭和37年) 8月 |
| 出典1リンク | |
| 出典2 | 広報とみぐすく 合冊版 第 1巻 |
| 出典2リンク | |
| 出典3 | |
| 出典3リンク | |
| 関連1 | 豊見城市史第5巻社会と文化・教育編 > 5 教育 > 2 教育内容 > 05 学校給食 |
| 関連1リンク | |
| 関連2 | |
| 関連2リンク | |
| 関連3 | |
| 関連3リンク | |
| 関連4 | |
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| 関連5 | |
| 関連5リンク | |
| 資料状況 | テキストデータ、画像、写真 |
| 資料状態概要 | ・テキストデータ「タイトル」(市史編集員により翻刻済み) ・テキストデータ「説明」(AI-OCR→学芸員で確認) ・画像(平成23~24年度スキャニング済み) ・写真(紙面上の写真はデータ別途) |
| 収納分類1 | 4首長部局 |
| 収納分類2 | 4_02総務部門_02秘書広報課 |
| 収納分類3 | 4020205広報・公聴 |
| 収納分類4 | 402020501広報誌 |
