田原市指定文化財 渡辺崋山・渡辺小華「福禄寿図」

福禄寿図

作者渡辺 崋山/渡辺 小華
制作年代江戸時代後期~明治時代
員数3幅
材質紙本淡彩
本紙 縦(cm)114.0
本紙 横(cm)27.1
寸法各114.0×27.1cm
公開解説向かって右から「福」「鹿」「樹」という画題を合わせて「福禄寿」になっている。崋山が20歳代前半に描いたと思われる鹿の図を中心に、渡辺家の家督を継いだ次男で、画家としても一家を築いた小華が右幅に蝙蝠、左幅に霊芝を配し、吉祥画題の「福禄寿」となしたものである。鹿はその音が「禄」(財産)に、蝙蝠は「蝠」(幸福)に、霊芝は「寿」(寿命)に通じるものであった。江戸時代においては、狩野派からも文人画家からも非常に好まれた画題である。17歳から関東文人画界の大御所である谷文晁の画塾写山楼に通い、徳川吉宗の時代、享保年間(1716~36)に長崎に中国から来舶した沈南蘋を模して写実的な画風の鹿も多く描いた崋山であるが、20歳代の日記や崋山自身の伝記ともいえる『退役願書稿』を見ると、若い頃は「彩燈画を描く」との表現が多く見られ、画技習熟と生計のために初午燈籠の作画を熱心にしている。この作品の鹿の眼差しは若き日の崋山が慈しんだ弟妹を見つめるようにやさしい。現在では見ることのできない彩燈画も、このようにぬくもりのある絵であったことだろう。

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