高久靄厓

作者名よみたかくあいがい
作者名欧文TAKAKU Aigai
生没年1796 - 1843(寛政8 - 天保14)

略歴・解説

19世紀半ばに活躍した南画家。
下野国那須に生まれる。名は徴、字は子遠、通称は秋輔。初めの号は如樵、のち靄山人、疎林外史など。
文政5・6(1822・3)年頃、江戸に出て谷文晁門に入る。
池大雅に私淑し、また元の呉鎮、明の沈周などの名を冠する倣古図制作に注力する。
豪商・菊池淡雅の庇護のもと、臨模による古典研究に努めた。
文政から天保年間には、北陸、奥羽、京坂などを遊歴。
天保8(1837)年以後は江戸に居を定め、渡辺崋山や椿椿山、立原杏所らと交友し、制作を行う。
天保10(1839)年、蛮社の獄で崋山が逮捕された際には、その救出活動に尽力した。
弟子に谷口靄山、高久隆古などがいる。

2019年『対立と融和―十九世紀の江戸画壇』リーフレット、p. 38

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