東照公御遺訓

資料番号2100622
資料名(ヨミ)トウショウコウ ゴイクン(ウツシ)
大分類美術
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作家山下 蕙圃
額寸法(縦)2050.00
額寸法(横)610.00
解説山下蕙圃(やました けいほ) 1866年~1952年

雅号 蕙圃 山蕙子

 慶應2年(1886)1月19日現在の田平町に生まれる。明治15年(1882)に篠田養拙に入塾し漢学と書の修行にはげむ。明治18年(1885)に開知小学校補助教員となる。以後、平戸・由起・皆瀬に勤務する。明治33年(1990)に佐世保高等小学校に転勤する。このころ、佐世保中学校の校長であった鴨川友四郎の門に入る。
 大正8年(1919)に祇園小学校を退職後、佐世保中学校教諭心得として勤務する。このころには「佐世保第一の名筆家」と言われるまでになり、自宅には多くの弟子が訪れるようになる。大正15年(1026)頃、手狭となった自宅にかわい松川町に15坪位の道場を新築、「蕙圃義塾」と名付けた。これが佐世保の書道塾の草分けとなる。
 昭和9年(1934)に佐世保中学校を退職した後も、息子蕙堂と共に後進の指導に励む。「蕙圃義塾」も「墨禅会」と名称を変更しますます発展していく。昭和27年(1952)3月31日に自宅で死去、享年87歳であった。

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