/2
佐世保十景
| 資料番号 | 2100004 |
|---|---|
| 資料名(ヨミ) | サセボジッケイ |
| 大分類 | 美術 |
| 中分類 | 書 |
| 小分類 | 漢字 |
| 作家 | 安永 龍峰 |
| 額寸法(縦) | 485.00 |
| 額寸法(横) | 1700.00 |
| 解説 | 本名・峰二郎。1898年(明治31年)福岡県鞍手郡若宮町(現・宮若市若宮町)の農家に生まれた。1911年(大正10年)13歳 福岡師範学校(現・福岡教育大学)を卒業し小学校訓導になり、教職を勤めながら習字科教員免許を取得。1929年(昭和4年)31歳 県立佐世保商業学校書道教師に招かれ来佐し定住する。1930年(昭和5年)32歳の時「太玄書道会」を主宰し、かたわら深堀 熊男ほか仮名を安東聖空に、漢字を辻本史邑に師事して研鑽を積んだ。この頃から盛んに展覧会に出品し、受賞歴が華麗である。中央展にも数多く出品し、日本書芸院関西展文部大臣賞や東方書道会展特選賞などを受賞。1949年(昭和24年)51歳 県立佐世保商業商業高等学校を去り、県立佐世保北高等学校、聖和女子学院高等学校の講師に転任し、佐世保書道教育の草分けとして多大な功績を残した。この間、県展実行委員会、審査員ほか長崎県や佐世保市の顧問職を歴任している。研究熱心でその技量は群を抜いていた欲がなく、60歳頃から6回連続入選していた日展への出品出品をやめ、佐世保で後進の指導に刀をそそいだ。1968年(昭和43年)に古希記念展、1975年(昭和50年)喜寿記念展を開催、技量の完成期を迎えている。43歳で娘を亡くしたことを契機として「観音経」百巻を写経し菩提寺に納経、厳格ながら温かい人柄はその信仰によるものだと思われる。1986年(昭和61年)1月22日没。 |