奥原晴湖

人物名(ヨミ)オクハラセイコ
人物名(英語)OKUHARA,Seiko

略歴・解説

下総国古河に生まれる。1854年、谷文晁門下牧田水石に師事。一八六五年、関宿藩奥原家の養女となり江戸へ出る。居を構えた下谷に画室を持ち、「墨吐烟雲楼」と称して画家としての活動を開始。晴湖と号する。この地で文人墨客に混じって詩書画を学び、次第に才能を発揮。一八六八年、木戸孝之らの画会に出席するなど次第に名声を高める。1882年、フェノロサの講演をきっかけに文人画が排斥。西洋化の流行などにより、次第に文人画が衰退する。それに凋落し、熊谷へ隠棲。晩年は各地を遊歴しながら制作し、文人的生活を送った。享年75歳。

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