野田人車鉄道路線平面図

法量(幅)㎜1076
法量(高さ)㎜727
和暦明治30~40年代
主な材質
解説人車鉄道創設当初の路線図( 1 / 2000 )。人車鉄道の軌道が醤油蔵と河岸をつないでいたことがよくわかる地図である。軌道は千葉県営軽便鉄道開通後、大正2年(1913)、野田町駅まで延長された。図の左側(北東方向)に「成田鉄道予定線」と書かれた線が引かれているが、これは成田鉄道(現 JR 成田線)が当初計画していた我孫子・川越間の路線で、着工することなく明治36年(1903)に建設が放棄され幻の路線となった。

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