正応二年大日板碑

資料ID445
大分類歴史
中分類歴史資料
資料名(よみ)しょうおうにねんだいにちいたび
公開解説天正19年9月16日に、松下(まつした)播磨(はりまの)守(かみ)昌従から飯澤三の九郎に宛てたもので、検地の内容そのものは記していないようですが、太閤検地に関わる貴重な資料といえましよう。板碑は供養目的に造立された石塔で鎌倉時代が初現とされ、頂部を山形に尖らせその下に二条の横線を巡らせ、中央部に仏を表す種子(しゅじ)や仏の画像を刻み込み、その下に造立の願文、願主名、年号を彫り込みます。   当初、板碑は地方豪族や僧侶によって造立されてきましたが時代が新しくなると中級階層の庶民にまでおよぶようになり、江戸時代になるとほとんど造られなくなります。
この板碑は付近の田圃から出土したといわれ、石質は凝灰岩で頂部から体部上半を欠損していますが、中央部に薬研彫の種子「ア」(胎蔵界大日)が刻まれ、その下に「正応二」(1289)、「奉」、「三月八日」の銘文があります。
『長井の文化財』(2014年4月発行)

#山形県指定文化財


員数1基

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