菅 茶山

人物名(ヨミ)カン チャザン
人物名(英語)Chazan KAN
人物名(別名)太中
国籍日本
出身地備後国神辺

略歴・解説

儒学者であり詩人、名を晋師、字は礼卿、通称は太中、茶山は雅号です。
寛延元年(1748)備後国神辺(現在の広島県福山市神辺町)の生まれです。19歳で京都に遊び、古文辞学を学び、のちに朱子学を学びました。天明元年(1781)ころに神辺に私塾を開き、寛政8年(1796)から福山藩の郷校として認められました。また、享和元年(1801)には福山藩の儒官となります。詩人として全国的に名高い人物でもありました。

茶山と蠣崎波響は寛政6年(1794)に京都で出会い、その場には六如と大原呑響が居合わせたとされます。詩仙と称された茶山が、波響のことを蠣公子と尊称をもって呼ぶなど、ふたりの間には深い親交があったとされます。

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