松前 矩広

人物名(ヨミ)マツマエ ノリヒロ
人物名(英語)Norihiro MATSUMAE
国籍日本

略歴・解説

矩広は、第6代藩主(松前家10世)高広の子として、万治2年(1659)11月に生まれました。父の高広が23歳で没し、矩広は7歳の若さで藩主の位に就きますが、先々代の氏広、先代の高広、そして矩広と若年の藩主が続いたことから、藩主権力が弱体化し、藩主一門の有力家臣が実権を握っていました。さらに、若年藩主の婚姻問題を契機に、他の家臣たちも巻き込んだ争いに発展します。
ところが、矩広の最初の夫人は公家の女、後妻は旗本の女、側室は町人の女というように、藩内の権力とは直接関わりのない家柄から妻を迎えたのです。
 こうした動きは、有力家臣同士の権力抗争を避けて藩主権力を強化するため、藩内に発言力を持っていた松前泰広(分家・幕府旗本)が布石を打ったものである、という見方があります。矩広は享保5年(1720)に62歳で没しますが、藩主としての在位は56年間と、歴代藩主の中で最長となっています。
 これまで、松前町にある矩広の作品は、「鍾馗図」と短冊(和歌)が知られる程度でしたが、笠嶋コレクションに含まれる矩広の書画は、文人としての側面を掘り下げることができる作品として、貴重なものと言えるでしょう。

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