建部 凌岱

人物名(ヨミ)タケベ リョウタイ
人物名(英語)Ryoutai TAKEBE
人物名(別名ヨミ)綾足、凉袋、建凌岱、寒葉齋
国籍日本

略歴・解説

享保14年(1719)、弘前藩家老・喜多村政方の次男として江戸に生まれ、弘前で育ちました。俳人、小説家、国学者、絵師として知られます。

少年期は文武に励み、槍術に優れましたが、20歳のとき、兄嫁そねとの情事のため弘前の家から追われます。俳諧を志し、各地を転々としながら、その道で名を成し、29歳で江戸浅草に吸露庵を構え、俳号を都因から凉袋に改めて立机しました。

その後、上方へおもむき、翌年長崎に寄寓して約半年、熊代熊斐と石崎元徳に、南蘋派の画法を学びました。45歳で「片歌」を提唱し、「綾足」の号を用いました。歌道の冷泉家に入門し、京都に住み、片歌と国学とを講義。
江戸に滞在の折は、松前藩江戸屋敷に赴き、「香道」「国学」を藩主資広に教授する。蠣崎波響が凌岱に師事したのは10歳のとき、凌岱が没する前年にあたる安永2年(1773)ころと考えられています。

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