羽柴秀吉書状

所蔵草津市蔵
解説羽柴秀吉(豊臣秀吉)が草津村の地侍「そうさ」に送った書状です。
内容は「京の医師の半井驢庵(なからいろあん)と盛方院(せいほういん)が、陣中見舞いに日野を通って北伊勢まで来る予定らしい。だが、それでは遠回りになってしまうため、草津から安楽越で来た方がいいと進めておいた。彼らに道を詳しく教えてやってくれ」といったものです。

安楽越とは近江と伊勢との国境を越える道のひとつで、鈴鹿峠を越えるよりも比較的楽な道でした。この書状から、草津には周辺の土地に詳しい「そうさ」という人物がおり、秀吉と交流があったことがうかがえます。

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