村山 致道

じんぶつ名(ヨミ)むらやま ちどう
出身地柏崎市高柳町岡野町
生年月日(西暦)1820
生年月日(和暦)文政3年
没年月日(西暦)1884
没年月日(和暦)明治17年

略歴・解説

貞観園村山家の分家、父定之助の二男、幼名を鉄三郎、号を致道。本家8代正茂は彼の才能を認め、京都の画家岸駒親子に14年間学ばせた。高柳町広済寺に多数の傑作を残す。本堂の襖絵の「松林群鶴図」は今にも鳴き声が聞こえてくるような力作。この襖絵の裏は「唐風山水図」で自然美の美しさを描く。貞観園の松鶴の間には「老松三鶴図」、また同園の山魂水精閣の回廊には「碧天舞鶴図」がある。岡野町黒姫神社の再建を機に「旭日双鶴図」「竹林猛虎図」の額を奉納。これらはいずれも市文化財となっている。そのほか見事な彫刻を各地に残している。

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