渡辺 すみ子(梅村 すみ子)

★関係者名(ヨミ)ワタナベ スミコ(ウメムラ スミコ)
★関係者名(英語)Sumiko Watanabe(Sumiko Umemura)
国籍日本
出身地愛知県名古屋市
生年月日(西暦)1916/11/28
流派陸上競技

略歴・解説

旧姓は渡辺
名古屋高等女学校在学中、1930年にチェコスロヴァキアのプラハで開かれた第3回女子国際競技大会に参加。
1931年~1933年、日本陸上競技選手権大会短距離女子100m走にて3年連続優勝を果たす。1932年大会の優勝タイムである12秒2は当時の日本記録であった。
1932年オリンピックロサンゼルス大会に出場。女子100mでは準決勝敗退、女子4×100mリレーにて5位入賞を果たす。
ロサンゼルス大会後。中京大学創設者の梅村淸明と結婚。結婚後は梅村すみ子を名乗る。
第二次世界大戦で夫が出征し、戦後のシベリア抑留で不在の際には学校法人梅村学園園長代理を務め、学園経営に尽力した。
中京大学体育学部教授。中京大学陸上競技部女子部の初代部長兼監督を務めた。
1964年オリンピック東京大会では女子チーム強化コーチを担当。
中京大学豊田キャンパス内には梅村を称え胸像が設置されている。

この人物の資料一覧[全1件]

件ずつ表示

PageTop