平成24年、塔原遺跡説明会(2012年10月)

塔原遺跡

名称(ヨミ)とうばるいせき
中分類集落跡
小分類貝塚前期(縄文)
所在地天城町兼久
時代・年代貝塚時代前5期(縄文時代晩期~弥生時代前期相当期)
遺産概要【位置と環境】
 塔原遺跡は天城町兼久地内に所在する。遺跡は天城町中心部である平土野より南へ約5kmの地点に位置している。塔原遺跡は兼久集落の西側に広がる海岸台地の西側縁辺に立地し、遺跡の西側及び南側は断崖となっている。

【調査経緯】
 塔原遺跡は昭和50年代に地元兼久集落在住の向井一雄氏や、町の職員であった吉岡武美氏によって発見・周知された遺跡である。
 昭和63年7月に熊本大学考古学研究室によって初めての調査が実施され、平成5~8年には鹿児島県立埋蔵文化財センター、平成21年・平成24~26年には天城町教育委員会によって発掘調査が実施されている。

【遺跡の概要】
 塔原遺跡は天城町南部の兼久集落にある縄文時代末~弥生時代初め頃の集落跡である。これまでの調査によって、奄美群島で最大級の大きさとなる竪穴式住居跡を含む30基以上の竪穴式住居跡が見つかっている。現在のところ、遺跡の範囲は35,000㎡にも及ぶと推定されており、大規模な集落跡であったと考えられる。竪穴式住居跡の中からは、仲原式土器や石斧、敲石、石皿などの当時の人々が使用していた道具が数多く見つかっている。しかし、貝殻や獣骨など、当時の人々の食に関連した遺物の出土量が少なく、どのような食生活であったかはっきりしていない。
文献・資料〈参考文献・資料〉
●埋蔵文化財情報データベースhttp://www.jomon-no-mori.jp/kmai_public/
●天城町教育委員会1988年『塔原遺跡』天城町埋蔵文化財発掘調査報告第1集
●天城町教育委員会1999年『塔原遺跡(2)』天城町埋蔵文化財発掘調査報告第2集

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