信使来聘自兵庫至大坂引船図(部分、その1)

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信使来聘自兵庫至大坂引船図

資料名(ヨミ)シンシライヘイヒョウゴヨリオオサカニイタルヒキフネズ
大分類市内の指定文化財
中分類尼崎市指定文化財
小分類有形文化財
種別歴史資料
指定日平成10年(1998)3月26日
所蔵者櫻井神社 尼信文化基金
別名(尼崎市指定文化財「浅葱糸威二枚胴具足 附、櫻井神社所蔵資料」のうちの1件:2巻)
数量2巻
時代/年代近世、18世紀以降
所在地尼崎市東桜木町3 尼信会館
解説十八松平の一つである旧尼崎藩主・櫻井松平氏を祀る櫻井神社に伝えられ、浅葱糸威二枚胴具足(アサギイトオドシニマイドウグソク)とともに尼崎市指定文化財に指定された「附、櫻井神社所蔵資料」のうちの1件(2巻)です。
江戸時代、徳川将軍の襲職を祝賀するため朝鮮信使が来朝する際、尼崎藩領である兵庫津での接待と、兵庫から大坂までの海上警護役を尼崎藩が務める決まりでした。櫻井神社に伝わるこの絵図は、海上警護の船団を描いた二巻の紙本着色絵巻です。
絵巻には、注進使者船六挺立三艘を筆頭に、供船・先乗・番船、最大四二挺立の関船や、これより小型の小早といった軍用船、水船や薪船、朝鮮人の荷物を運ぶ百石積みの渡海船などが描かれています。いずれも、尼崎藩松平家の家紋である九曜紋の幕を引き、あるいは幟(のぼり)を掲げています。絵巻の末尾には、これらの船数合計454艘、浦水手(うらかこ、船の乗り手)2428人と記録されています。櫻井松平氏が尼崎藩主であった時代、四度にわたって信使が藩領沖を通航していますが、どの回の様子を描いたものなのかは不詳です。
なお、藩の記録として作られたためか、朝鮮使節の正使・副使、日本側の責任者である対馬藩の乗船は描かれておらず、これらは文字で示されています。
この絵巻を含む「附、櫻井神社所蔵資料」は、櫻井神社ゆかりの武具や古文書など、近世の尼崎城の様子や尼崎藩政を知るうえで貴重な資料であり、尼信会館で展示公開されています。
指定目録等参考データhttps://www.city.amagasaki.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/964/list.pdf

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