紅型(びんがた)

大分類ID6
No.1471
公開解説紅型は、琉球王府時代、王族や士族の染織として発達したものである。その起源ははっきりとはしないが、琉球では1400年代には中国の影響を受けて「型染(かたぞ)め」が行われていたと伝えられ、さらにインド更紗(さらさ)やジャワ更紗(さらさ)、日本の染織の技法を取り入れながら、沖縄の風土に調和した「紅型」という独自の様式が生み出された。
首里王府の支配下にあった八重山では、婚礼や生年祝の祝座の正装として、タナシ・スディナといった衣裳に紅型が使用されたが、それらは専ら士族間で着用され、首里・那覇等に特別に注文して誂(あつら)えた貴重品であった。

木綿(もめん)花色地菱格子に雲蝶紅葉紅型衣裳(びんがたいしょう)
木綿地に蝶、楓、唐草、小花等が染められたウフバデン(冬用の袷(あわせ)打掛)である。この展示資料は、登野城村の宮良家に伝わっていたもので、明治末頃に制作されたと思われる。
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産地
時代
器種

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