木綿経緯絣スディナ衣裳
| よみがな | もめんたてよこがすりすでぃないしょう |
|---|---|
| 大分類 | F染織 |
| 産地 | - |
| 時代 | - |
| 寸法 | - |
| 解説 | 1611年に儀間真常(ぎましんじょう)が薩摩から木綿種子を持ち帰り栽培し、那覇泉崎村に住んでいた薩摩出身の梅千代、実千代に製織させた。これが琉球における木綿織物の始まりである。 八重山では慶良間諸島(けらましょとう)に流罪になっていた大浜安師(おおはまあんし)が綿の栽培や製糸、製織法を学び、1634年の帰島後に広めたといわれる。保温性に優れる綿織物は、当初、貢納付(こうのうふ)として製織され着用は士族のみに限られていた。庶民が木綿布を着用できるようになったのは明治中期以降からである。綿織物が普及して以降、冬に重ね着していた苧麻布(ちょまふ)、芭蕉布(ばしょうふ)はしだいに夏だけの衣料に変わっていった。 木綿白地裙(めもんしろじかかん) 裙(かかん)は女性用の下衣で、スカート形の腰巻の一種である。 裙(かかん)の上からスディナを着装したものは略装であり、その上にタナシ(夏用打掛)などを重ねると正装となる。 木綿経緯 絣 スディナ衣裳(もめんたてよこがすり/いしょう) スディナとは、八重山で明治後期頃まで女性用の礼装として着用された二部式衣服の上衣で、沖縄本島の胴衣(どぅじん)に相当するものである。着丈は対丈で、脇あきは着丈の半分の長さである。帯は用いず、衿につけた紐で結び止める。 |
