| 公開解説 | 八重山では洗骨のことをシンクチィ、マタダビ(再荼毘)、と称する。洗骨は、死後3年、5年、7年の奇数年に行われ、家族に妊婦がいる時や生年の干支に当たる者がいる時はこれを避けた。石垣島では火葬が一般に普及する昭和初期頃まで行われた。 当日は墓域上に天幕を張り覆う。墓口の石扉を開け、安置されている棺を外へ運び出す。棺の蓋を開け、まず手指の骨を3人の者が箸で3回手渡し、逆水を張ったタライの中へ入れ洗い、その後遺骸を手で取り出し、水を3回入れ替えながら洗い清め、白布でていねいに拭き、十分乾燥してからジシガミ(厨子甕)へ脚部、胴部など順序よく納め、最後にフトゥギブニ(のどぼとけ骨)、頭蓋骨を上部にのせ、蓋を被せる。厨子甕の胴部や蓋裏には法名、戒名、死亡年月日、洗骨年月日等が墨書される。納骨を済ませた厨子甕は墓室の石段に安置される。石段は2段ないし3段あり、段の上部中央に宗祖の甕を安置、その周辺へ時代に随い順序よく並べ置くようになっている。 墓口の石扉が立て閉められると、棺やその他の衣類は墓域内で焼却され、副葬品の泡盛で手足を浄め、焼香をなす。 洗骨の終えていない遺骸が墓室に存する時に死者が出た時は、急遽洗骨を行なうが、まだ遺骸に腐肉が残っている場合は、先の棺と新しい棺とを併置するか、別に仮墓を作って納棺する。 引用:『石垣市史 各論編 民俗 下』 |
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