水産の舞阪
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水産の舞阪
整理番号1 | 石文-779 |
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作成者・差出人 | 舞阪町 |
作成年(和暦) | 昭和42年03月 |
作成年(西暦) | 1967/03 |
形態 | 冊 |
公開解説 | 静岡県浜名湖における海苔養殖の始まりの話が掲載されている。 文政3年(1820)、信州の商人 森田屋彦之丞という人物が商用途中に舞阪宿に泊まり、夕餉の膳に生海苔が添えてあり、そま採集方法を宿の主人に尋ねた。雁木の波除石についていたのを採ってきたと聞き、武州大森で海苔養殖をしている方法を教えた。地元の漁師が試してみたところ成功したため、代官所に上申し、舞阪での海苔養殖が始まった、という。 大蔵永常の『広益国産考』(安政6年・1859)にも、「近年遠州舞坂の海に、大森同様に遠浅の所へならの麁朶をさし、海苔を付る事を覚え、取て製し、諸国にも売、京大阪へ送るよし。一ケ年に三千両余の金子を収納するよしにて、舞阪の産物となれり。大森にて製する浅草海苔に付方製法方同流にて、其味ひも又替る事なし。・・・」と記載されている。 また、舞阪海苔開拓者として「大森三次郎」という人物にも触れられており、宝珠院に墓碑があることが紹介されている。 |