烏亭焉馬「いそがずば」の狂歌碑

烏亭焉馬「いそがずば」の狂歌碑

西暦年(世紀)・月・日1810年
元号年(時代)・月・日文化7年
登録・指定登録文化財
種別有形文化財(歴史資料)
ふりがなうていえんば「いそがずば」のきょうかひ
員数1基
所蔵者宗教法人 牛嶋神社
資料所在地向島1-4-5 牛嶋神社
解説 この碑は青石製の自然石の碑で、扁平な卵型の花崗岩製台石に乗せられています。碑の表面には、「いそかすは 濡まし物と夕立の あとよりはるゝ 堪忍の虹 談洲樓 烏亭焉馬」、裏面には、「文化七歳庚午三月吉日建 本所竪川相生街 中村和助英祝」と刻まれています。
 「中村和助英祝」は、江戸落語中興の祖といわれた烏亭焉馬のことです。本所相生町(現両国4丁目)の竪川沿いに住んでいたため、立川焉馬とも名乗りました。烏亭焉馬は、寛保3年(1743)に生まれ、本職は大工の棟梁でしたが、狂歌や戯文に長じて洒落本や黄表紙を書くようになりました。天明6年(1786)に向島の料亭武蔵屋で、文人仲間を集めて落噺を披露した「噺の会」が徐々に江戸市中に浸透して、寛政年間(1789~1801)頃には、現在の落噺の形が完成したとされます。

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