「吾嬬森碑」

吾嬬森碑

西暦年(世紀)・月・日1766年
元号年(時代)・月・日明和3年
登録・指定登録文化財
種別有形文化財(歴史資料)
ふりがなあずまのもり(の)ひ
員数1基
寸法高 191.9cm
幅  58.5cm
奥  58.0cm
所蔵者宗教法人 吾嬬神社
資料所在地立花1-1-15 吾嬬神社
解説 吾嬬神社の社殿の左脇にあります。正面に篆額(てんがく)「吾嬬森碑」と陰刻し、その下に碑文が刻まれています。『新編武蔵風土記稿』には連理の楠の傍らに碑があったことを伝えるので、江戸時代以降に碑が移設されたものと考えられます。碑文の内容は、日本武尊の東征から弟橘媛の入水、「吾嬬はや」と嘆いた話とともに吾嬬森が媛の墓として地元に伝承されているとあります。
 碑文の作者藤原博古とは江戸時代中期の勤皇思想家山県大弐(やまがただいに、1725~1767)のことです。碑文の書を手がけた平鱗(たいらのうろこ)とは書家沢田東江のことです。

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