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富士山登龍図

作品名よみふじさんとりゅうず
作品名(欧文)Dragon with Mt.Fuji
作者狩野永岳
種別日本画
受入番号868
枝番号0
分類番号J-230
員数1幅
形状掛幅装
寸法(cm)179.0×87.0
材質絹本墨画
材質英文Ink on silk, hanging scroll
制作年(西暦)1852
制作年(和暦)嘉永5
記銘、年紀(右下)「狩野縫殿助永岳」 朱文長方印『永岳』 白文方印『脱菴』 朱文長円印『黙契神会』
受入年度(西暦)1988
受入年度(和暦)S63
受入方法購入
備考箱書き「永岳不二山登龍之図 拝領/永岳子直弼公被為召於御前謹而画之時敬徳侍坐之節賜絹地依而表装早々申付為家寶而珍蔵之幅者也 中島宗達源敬徳」、軸芯銘「嘉永五年子四月吉日 彦根白壁町 御用表具師 追田庄蔵」※中島敬徳は彦根藩御典医
キーワード狩野派、風景、富士山
解説富士山に龍が登る姿を描いた大作である。
富士山と龍を描くことは、富士=不時、龍=断つという音通から、「不時を断つ」、すなわち不幸を断つという意味が込められた吉祥画題であることが指摘されており、江戸時代を通じて描かれる人気の画題であった。現存作例としては、狩野探幽《富士に龍図》(慶瑞寺)などが知られており、江戸狩野派の画家は、伝狩野安信《富士越龍之図》(群馬県立近代美術館)、狩野岑信《富士越龍図》(個人蔵)、狩野典信《富士越龍図》(個人蔵)など、あらゆる画家がこの画題を手がけている。
永岳より少し前には、狩野栄信も富士越龍図を描いている(《狩野栄信原本 富士越龍図(模本)》(東京国立博物館 A四七五三))。栄信が描いた《富士越龍図》は、模本によれば、本作のように、画面上部に描かれた富士に向かい、雲と水のなかから龍が上昇する図様を描いた縦長の掛幅作品だったようである。養信も栄信の《富士越龍図》とほぼ同図様の作品を描いており(《狩野養信原本 富士越龍図(模本)》(東京国立博物館 A四九四六))、本作は、江戸狩野派とも共通する、狩野派の富士越龍図の典型的な図様を基に描かれているとみなせよう。
しかしながら、本作の表現は江戸狩野派の富士越龍図とは一線を画すものであり、超弩級の迫力は他の作例に類を見ない。江戸狩野派の富士越龍図が定型的な富士山図に龍を描き加えたような図様で、淡彩や金泥を用いるなど、水墨のみで描かれない作例が多いのに対し、本作は、水から龍が現れて飛翔し、雲を轟かせて大気を動かし、富士山を飲み込む勢いで駆け上る様子を、墨のみで、画面いっぱいに描いている。富士山は淡墨ですっきりとした形態に表され、濃墨による龍、暗雲と対照的な姿である。暗雲を表す墨の滲みは雲の動きを連想させ、目の前で龍の周囲に暗雲が湧き上がっているように見える。墨は絹地に溶け込み、沈み込むことで、地の絹の色は白雲へと変容する。龍の鋭い動きは白雲を切り裂き、暗雲は富士山へと覆いかかるように広がっている。龍の下方、奔流が飛沫を上げ、白雲が湧き上がるようにして現れており、まさに龍が出現し、水から雲が発生する劇的な情景が表されている。
本作は、奔流から立ち上る白雲と、暗雲をまとう龍がそれを切り裂くように富士山へと駆け登る様子をドラマティックに描写する点に主眼があり、水が雲に変わる瞬間、そこに龍が現れるという奇跡を、卓抜した画力によって表している。彩色や金泥は用いられず、水墨のみで描かれており、墨の濃淡によるモノクロームのシンプルな表現は、龍が富士山を超えようとするという非現実的な画題を描いた本作に、不思議な臨場感を与えている。
本作は、箱と軸芯の墨書銘より、彦根藩主で後の幕府大老となる井伊直弼(一八一五~六○)の御前で描いた作品であり、彦根藩の典医であった中島宗達が拝領したことが分かる。本作は席画であるということから、即興で描かれ、直弼をその場で瞠目させた作品とみなされる場合があるが、本作の完成度からすれば、そうした可能性は低いように思う。当時、席画は即興で描かれるのではなく、儀式として入念な段取りや打ち合わせの下、画家が自宅で清書して完成させるケースがあったことが指摘されており、本作もそうした作例とみなせよう。
永岳の卓抜した筆墨技法や表現力が遺憾なく発揮された、幕末の絵画を代表する一点と言っても過言ではない大作である。

※山下善也「狩野永岳筆富岳登竜図二「国華一一八四号 一九九四年」
 山下善也「富士山図の形成と展開-江戸時代を中心として」
  (『美術史論壇』二号 一九九五年)
 山下善也 作品解説『狩野派の世界 静岡県立美術館蔵品図録』
  (静岡県立美術館 一九九九年)
 高木文恵 作品解説『伝統と革新 京都画壇の華 狩野永岳』
  (彦根城博物館 二〇〇二年)
 尾本師子「幕府御用としての席画について」
  (『学習院大学人文科学論集』一三号 二〇〇四年)
 福士雄也 作品解説『富士山の絵画』(静岡県立美術館 二〇一三年)

2018年『幕末狩野派展』、p. 180

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