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楼閣山水図屏風

作品名よみろうかくさんすいずびょうぶ
作品名(欧文)Landscape with Pavillions
作者狩野伊川院栄信
種別日本画
受入番号866
枝番号0
分類番号J-228
員数2曲1隻
形状屏風装
寸法(cm)190.0×194.0
材質絹本着色
材質英文Color on silk, two-fold screen
制作年(西暦)1802 - 1816
制作年(和暦)享和2 - 文化13
記銘、年紀(右上)「伊川法眼藤原栄信筆」 朱文方印『栄信』
受入年度(西暦)1988
受入年度(和暦)S63
受入方法購入
キーワード狩野派、風景
解説広大な山水空間と楼閣を描いた作品である。
対角線構図を用い、画面左上には淡墨、淡彩で遠山を、画面右下の最前景には濃墨と濃彩、金泥を用いて岩を、その後ろには、細緻な描写によって、楼閣を描いている。
本作の特徴は、鮮やかな彩色表現とモチーフの精緻な描写にある。
楼閣の瓦には濃彩が施されており、絹地の目が見えなくなるほど厚く絵具が盛られている。御簾の文様や器物は細緻に描き込まれており、色とりどりに表された書画骨董品は、文人の典雅な生活の様子をうかがわせる。巻物に書を認(したた)めたり、階下の水面を眺めたりしている文人は表情豊かに表され、その周囲で甲斐甲斐しく動き回る童子の姿や表情が愛らしい。楼閣の対岸、荷物を背負った三人の童子の可愛い表情にも目を凝らしたい。
本作にはさまざまな動物が描かれているが、いずれも細緻に描き込まれており、その描写には目を瞠るものがある。たとえば、水中の鯉は、淡墨のグラデーションによって、澄んだ水を動き回る様子が的確に表されており、狩猟の場面では、矢に射抜かれ、鮮血が流れ出る白鷺が落下する姿が細やかに描写されている。
本作を描くに当たり、栄信がまず参考にしたのは、父・惟信の《山水図押絵貼屏風》(当館蔵)第二扇のような図様であろう。本作における楼閣や動物の精緻な描写、中景から遠景にかけての空間構成は、栄信が《山水図押絵貼屏風》を参照して描いた可能性を示唆している。
そのうえで、栄信が自らの特色を打ち出そうと本作の構図の基としたのは、自らが実見した中国絵画であった。画面右半分、すなわち第一扇部分の典拠となっているのは、《孫君澤原本楼閣山水図(模本)》(東京国立博物館 A五六六二)であろう。本作に描かれる楼閣の屋根、扉、バルコニーなどの描写は《孫君澤原本楼閣山水図(模本)》と共通しており、楼閣が描かれる方角も一致している。栄信は、《孫君澤原本 楼閣山水図(模本)》の図様を忠実に模した狩野栄信「(倣孫君澤)楼閣山水図」(《花鳥山水帖》(『稲垣家売立目録』昭和十年十月十九日)のうち)を描いており、栄信が《孫君澤原本 楼閣山水図(模本)》の図様を知っていたことは疑いない。
栄信は、《孫君澤原本 楼閣山水図(模本)》とともに、異なる中国絵画の図様を組み合わせて本作を描いている。画面前景には、柳の下で狩猟をする唐人の姿が描かれているが、この図様の典拠は、《銭選/李安忠原本 明皇貴妃采戦図/韃人猟狩図(模本)》(東京藝術大学 東洋画模本一四四四)のような図であろう。射られた白鷺に手を伸ばす騎馬人物と傍らの人物の姿、犬や馬の姿態が共通している。
ただし、本作には、巨大な柳樹やその他の唐人、馬なども描かれている。この点に注目すると、本作は、竹澤伊舟他《蘇漢臣原本 上林苑図巻(模本)》(東京国立博物館 A五二〇六)のような作品も参照して制作されていると考えられる。本作に描かれた、枝分かれし、折り重なるように上方へ伸長する柳樹とその合間から見える騎馬人物や馬は、《蘇漢臣原本上林苑図巻(模本)》の場面半ば、狩猟を行う一行が描かれた場面の柳樹、騎馬人物、馬に類似する。また、本作にみる、狩人の矢に射抜かれ、鮮血を流し落下する白鷺と、捕獲しようと手を伸ばす騎馬人物の組み合わせは、《蘇漢臣原本上林苑図巻(模本)》の場面半ばと巻末に描かれている。《蘇漢臣原本 上林苑図巻(模本)》は、狩野常信が蘇漢臣筆と鑑定している作品であるが、原本は仇英様式による作品と推定される。《蘇漢臣原本 上林苑図巻(模本)》の跋によると、原本には栄信の外題が附属していたという。本作の人物の顔貌や姿態、鋭い筆線による衣文線、華やかな衣文様などには、仇英様式の学習成果が表れており、栄信が《漢臣原本 上林苑図巻(模本)》の表現を用いて本作を描いている可能性は高い。
栄信が本作の制作に際し、《蘇漢臣原本 上林苑図巻(模本)》を参照したとすれば、栄信は、蘇漢臣原本と伝わる《上林苑図巻》の図様を、孫君澤が原本を描いたとされる《楼閣山水図》の図様と組み合わせることで、自らが規範とみなす、謹直な宋元画様式に基づく楼閣山水図を描くことを試みているのではなかろうか。
本作は、栄信の宋元画、そして仇英学習の問題を考えるうえで、とりわけ重要な作品とみなせよう。


※山下善也 作品解説『狩野派の世界 静岡県立美術館蔵品図録』
  (静岡県立美術館 一九九九年)
 内山淳一 作品解説『仙台藩の御用絵師 菊田伊洲』
  (仙台市博物館 二〇〇二年)
 本田諭 作品解説『狩野派-四〇〇年の栄華』
  (栃木県立博物館 二〇〇九年)
 浦木賢治 作品解説『狩野派と橋本雅邦-そして、近代日本画へ』
  (埼玉県立歴史と民俗の博物館 二〇一三年)
 木下京子 作品解説 Felice, Fischer and Kyoko, Kinoshita, eds.
  Ink and gold: art of the Kano Exh.cat. Philadelphia Museum of Art, 2015.
 野田麻美 「上林苑図巻(模本)」作品解説『美しき庭園画の世界
  -江戸絵画にみる現実の理想郷』(静岡県立美術館 二〇一七年)

2018年『幕末狩野派展』、p. 171を加筆修正

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