風間 完 画

「満州某重大事件」

よみがな「マンシュウボウジュウダイジケン」
解説 昭和3(1928)年6月4日午前5時すぎ、中華民国陸軍大元帥を自称した張作霖の乗った特別列車が、中国奉天郊外で爆破された。いわゆる「満洲某重大事件」である。
 清朝の倒れた辛亥革命の頃から、日本は中国大陸での利権と版図の拡大を目論み、満洲における支配権の確立を狙っていた。しかし、もとより満洲は中国の領土である。日本同様、利権を狙う列強との確執もあって、野望の達成は容易ではない。そこで軍部は、張作霖を傀儡政権に仕立てて自由にあやつり、満洲を思うがままに支配しようとした。ところが、権力を握った張作霖は日本の思いどおりにならないばかりか、満洲からの日本勢力の一掃さえ考えるようになってゆく。時の首相田中義一は、あくまでもロボット役としての張作霖に期待をかけていたが、満洲に駐留する関東軍は張への不信感を募らせていった。田中首相の勧告で北京の大帥府(たいすいふ)から満洲に引き揚げる張作霖の眼には涙が光っていた、と朝日新聞の北京電は伝える。その列車が、爆破 ──。関東軍高級参謀河本大作の計画によって、ついに暗殺は実行に移されたのである。
 瀕死の重傷を負った張作霖は、大混乱の中を大帥府に運ばれた。血まみれの姿に驚いた第五夫人が健気にもアヘン液を夫の顔面に吹きかけると、張は一時的に意識をとりもどしたものの、同日午前10時に死亡した。
 事件に陸軍軍人が関係していると悟った田中首相は、昭和天皇に真相究明と犯人の処罰を上奏したものの、陸軍内部のもみ消し工作のため実行できなかった。その食言を天皇にとがめられ、田中義一内閣は総辞職。陸軍大将、陸軍大臣をつとめた田中をもってしても、陸軍内部に興ってきた若手将校たちの暴走を止められない時代が近づいてきたのである。(「昭和史発掘」3)
作品名昭和史発掘

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