風間 完 画

北原二等卒の直訴

よみがなキタハラニトウソツノジキソ
解説  昭和2(1927)年11月15日から4日間、濃尾平野で陸軍秋季特別大演習が行なわれた。昭和天皇は統監のため、13日に西下して名古屋に宿泊した。大演習終了後の19日、昭和天皇を迎えて名古屋練兵場で行なわれた閲兵式で、予想もされなかった事件が発生した。岐阜68連隊所属の二等兵北原泰作が、軍隊内での部落差別の実状を訴えて、天皇に直訴状を手渡そうとしたのだ。
 岐阜県水平社の社員であった北原は、入営後、ひとしなみに″陛下の赤子″であるはずの軍隊内にきびしい部落差別が存在することに憤りを覚えていた。彼は隊内でもしばしば差別の不当と非合理性を訴えて上官と衝突していたが、その主張が容れられることはなく、ついに天皇への直訴を決意するに至ったのだった。
 この日、4万の兵員が参列して閲兵式は始まった。捧げ銃の号令が聞こえてくる中、馬に乗った天皇の一行が北原二等兵に近づいてきた。目測約15歩。目の前を諸兵指揮官梨本宮を乗せた馬が通過する。一馬身遅れて閲兵の歩を進める天皇をめざして、北原は走り出した。付剣の銃を左手に提げ、訴えを認めた白い奉書を右手に高く捧げて直進する。あまりの意外さと天皇の尊厳に、金縛りにあったように息をのんで茫然と見まもる兵たちを尻目に、北原は天皇の馬前1メートルに近づくと、突然片膝を折り、訴状をもった右手を高く伸ばして折敷の姿勢をとった。その前を天皇の乗った馬が通り過ぎた。このとき金縛りが解けた小隊長と班長が、北原に駆け寄った。
(「昭和史発掘」2)
作品名昭和史発掘

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