伊達政宗書状

登録番号2297
管理番号35
資料群名菅野家資料
作成者等菅野三(勝三郎重成)宛
年月日(年月未詳)19日
数量1幅
法量縦33.5 横51.0
備考・解説菅野重成は、幼いときから政宗の側近く仕え、成長して政宗の鉄砲に火薬を詰める薬込薬を勤めた。この手紙では、雨が大方あがったようであること、翌20日の朝に山へ出かけるため早速その準備を命じること、雨が少し降っていても必ず出かけるつもりであること、五十人衆にもそのように言って鉄砲の火薬などをきちんと支度させるようにということを伝えている。政宗は、鷹狩り・川狩り・山追い(山狩り)といろいろな狩猟を好んだ。この手紙は、鹿などを鉄砲で狩る山追いに関わる資料である。文中の五十人衆とは鉄砲足軽のことかとみられる。重成は最初微禄で政宗に仕えたが、寛永4年(1627)に約300石の知行地を与えられ、同8年には約90石を加増された。寛永13年(1636)5月24日に政宗が死去したのち、許された殉死した15人のうちの一人でもある。享年は41歳。包紙あり、猟に使用する鉄砲の火薬などへの指示。平成元年度軸装。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』75、『仙台市史 伊達政宗文書』3865。

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