伊達政宗書状
| 登録番号 | 2292 |
|---|---|
| 管理番号 | 1 |
| 資料群名 | S44購入12 |
| 作成者等 | (只野作十郎勝吉宛) |
| 年月日 | (年未詳)1月9日 |
| 数量 | 1幅 |
| 法量 | 縦18.5 横187.8 |
| 備考・解説 | 政宗による男色に関わる資料。男色は日本の中世において、僧侶・公家・武士の間で特異なものではなかったが、近世前期に至り、若衆道(衆道)として庶民にまで広がりをみせるようになる。この手紙は宛所を欠くが、只野作十郎宛と推定されている。政宗は、「乞食坊主」の落とし文によって、作十郎の浮気を密告されており、先夜、酩酊のなか、そのことを取り上げて作十郎を面詰した。それに対して、作十郎は自らの腕を突いた血による血判を据えた起請文に抗議と潔白を主張する仮名書きの書状を副えて政宗に差し出した。それを受け取った政宗は以下のように謝罪・弁明している。起請文を差し出させるようなことになって大変申し訳ない。先夜、作十郎をなじってしまったのは酒のせいであり、本当に浮気を疑ったわけではない。作十郎に詫びるためには、指を切り落とすか、せめて腿か腕を突いて、その証しとするべきであり、実際に若い頃には契りの証拠として腿や腕をよく突いたものだが、子や孫をもつ歳の君主として、行水の際などに小姓たちにその傷を見られたならば、子や孫にとっての傷となってしまうので、それは控えたい。代わりに誓いの血判起請文を差し出すから、それで自分の心中を推し量ってほしい。そして今日からでも以前のように睦み合いたい。政宗はこのような内容を、一般の主君から家臣への書状とは異なる、丁重でへりくだった文体で記している。男色関係にあるゆえの特徴であり、男色は主従関係の秩序を乱す側面があった。また、衆道には誓いや証しのために自らを傷つけるなど、道としての作法があったことが知られる。なお、江戸幕府は17世紀中頃に衆道を禁止し、以後衆道は幕府の統制により非公認のものとなった。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』67、『仙台市史 伊達政宗文書』2865。 |
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