伊達政宗書状

登録番号2285
管理番号13
資料群名片倉家資料
作成者等片倉備中(景綱)宛
年月日(慶長7年〔1602〕)12月晦日
数量1幅
法量縦18.0 横50.7
備考・解説政宗は関ケ原合戦で徳川方につき、奥羽で上杉勢と戦って白石城を含む刈田郡を獲得した。刈田郡は家康が戦後の恩賞として政宗に与えた唯一の加増地で、政宗は南方の要としてその地に亘理郡亘理(宮城県亘理町)城主だった片倉景綱を配した。この資料は景綱に白石城を与えることを記した書状で、「白石は藩境の地だから、あるいは辞退したいかもしれない。しかし、よく考えて命じるのだから、そのまま受け入れるように。詳しいことは、茂庭綱元が口頭で説明する。そして、景綱がいた亘理城には伊達成実を入れる」ということが記されている。この当時、政宗が景綱を信頼すべき軍団の指揮官と見ていたこと、また、茂庭綱元が側近の重臣として活躍していたことがうかがわれる。なお、現在は横切紙だが、もとは折紙か。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』55、『仙台市史 伊達政宗文書』1198。

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