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伊達政宗書状

登録番号2278
管理番号11
資料群名片倉家資料
作成者等いきう斎(片倉以休斎景親)宛
年月日(天正19年〔1591〕末)
数量1通
法量縦29.4 横44.0
備考・解説葛西・大崎一揆の鎮圧後、豊臣秀吉から葛西・大崎領への知行替えを命じられた政宗は、家臣らの知行替えをも余儀なくされる。この資料は、信夫郡大森(福島県福島市)城主だった片倉景綱の亘理郡亘理城(宮城県亘理町)への移転に関する手紙。政宗が景綱の伯父である以休斎に説得を頼み、景綱も了承したとのことでよかった、これまで亘理重宗が領有していた亘理のうち3分の2を今後の面倒がないようにして与えると約束する、と記されている。なお、文中2箇所の「が」には点が3つの三濁点が用いられている。天正年間まで伊達領で使われていた三濁点は、豊臣政権との接触・交流によって徐々に使われなくなっていく。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』39、『仙台市史 伊達政宗文書』878。

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